約4か月ぶりです。
ここへログインしたの。

持ち主が私用にかかりっきりで、
ここへ来ない間にも、コメントを寄せてくださった皆様~~。

ありがとうございます。
お名前をみては、とても懐かしい気持ちになりました。



こちらは、
変わらず元気でおります。

私用にかかりきり・・・とか言いながら、
先日2年ぶりくらいに、
韓国で、留守番中の親分ファンの方々と再会を果たしてまいりました。



わたしが細~く交流を続けている方たちは、
どちらかというとファンダムの本流からはずいぶん外れた僻地に生息するタイプ

乙女系、女性らし系からははるか遠く、
ガテン系とでも呼びたいようなスタイルの方が多い印象。

そんな皆々さま、
変わらず、
僻地スタイルのまま太くガンガンとZIKZINしてらっしゃるご様子でした。

ガテン系が、
泡飛ばしながら、爆グン語りを繰り広げる雄姿に、

惚れ惚れしたり、
じゃっかん引いてしまったり、
暑苦しさに意識が遠のいてウトウトしてしまった私。
(ごめんなさい)

とにかく、変わらず、
愉快なアウトサイダー型ファン組 in ソウルの巻でした。



誰かを好きでいる心持ち、というものは、
ほんとうに、万国共通でございますね。

アンタモオイラモミナキョウダイ on this planetって感じでしたよ。







韓国に行く機会がへり、
かの地にじかに触れることから遠ざかっている期間。

インターネット上で、
かの国がらみの、あるいは、かの地とこちらの地との関係に関するような、
さまざまな報道を垣間見てしまったりすると、

「あれま!」「なんだとー!」と、
影響を受けてしまうことが時々ありました。
私の場合は。

しか~し、

今回、ひさしぶりに、
ソウル市内やら、ソウル郊外のパジュ市というところを
ひとりで徘徊しまくってみて、
つくづく感じました。

ほんっと、
大馬鹿だわねぇ、あんた・・・(←自分のことです)




以前よりも日本語習熟度の高い人が増えている印象。
これがいちばん心にささりました、今回。
(とくに若い人々)

日本語うまっ。
っていうか、
ただ言葉のことだけじゃなく、
日本人の個性を理解してるからこその、日本語の使い方じゃないか、君は!

・・・と、
何度、心のなかで雄たけんだことでしょう。



余談。日本語じゃないけど、
やたら英語が達者なアジュンマにも助けられましたな、そういえば。






玄米を表す韓国語が理解できず、
???だけど、まいっか、と、
「それにします~」と適当に注文した私に、

店の人がみんな引っ込んでしまった厨房のなかから、
しばし、あーでもないこーでもない、と議論してる様子が聞こえてきて。

「マイドアリガトゴジャイマシタ~(日本語)」
「ぶらうんぶらうん!ライスライス(英語)」
「くごんあにゃぁ(韓国語)」と、
すげーワーワーしてるなあ、と思っていたら、

議論の厨房からひとりでてきた青年が、
わたしにむかって、日本語で一声。

「ゲ・ン・マ・イ!」

声のでかさに、ひっ!ってなったよ。

あんな滑舌のよい「げんまい」という日本語発声を耳にするのは、
まちがいなくあれが最初で最後だよ。


惚れますよね。

ああ・・・
玄米って日本語を調べ充てるための議論をしてくれてたのかい、
こちらの食堂のみなさんは。

って、惚れ惚れするじゃないか。
ソウルの食堂さんよ。


ほかにも何度も、
心ほだされる場面に出会いました。





そうそう。
そうだった。
そうなんですよ。

ぶあつくまっすぐな人情。
気取りなく、裏表のない率直さ。
自分からガンガンと突入して助けようとする親切心。

かの地の人ならではの、そういう魅力。
ひとつも変わっとりません。

あつくるしいよね~。
相変わらず。(↑ほめてます)


ニュースやインターネットの世界では、
いろんなことがまことしやかに表現される。

そして、
受け身なだけの気持ちでいるとき、
私はすぐにそれらに影響を受ける。
自分の錯覚にきづかず、鈍感さに麻痺してしまう。


まるでそこで表現されていることが、
その場所にかかわるすべてのひとの意見を代表するものであるかのような錯覚。

うっすらと、でもじっとりと、
私の目にかかった霧のような、そんな錯覚を、

一気に
どばばばーっ
しゃしゃしゃーーーーーーっと一掃してくれた、
かの地を踏みしめながら生活する、リアルに生きてる人たちでした。



普通に地下鉄を利用するような層の人にとっては、
景気はやっぱりよくないのかな。
若い人にとっても、そんな感じかな。
だけど、そういう層の人たちに、
非常に地に足がついた印象のひとが多かったように思います。
ほかの人の意見や、自分の生活とはすこし距離がある話題から
たやすく影響を受けることなく、
自分の生活範囲にねざした領域で大切なことを大切にして生活している。
そういう印象。

・・・って書くと、非常に上品風でございますが、
つまりこれ(↑)は、
「じぶんらの生活で手いっぱいで、
 政治ネタやらニュースのなかの人間のことやら、そんなこと気にしてる場合じゃねーベ」って意味だったりします。

ほほほ。

とにかく、とにかく、
そんなあれこれもろもろ、
真似したいなって思いながら帰ってきましたよ、私は。









ニュースやインターネットの世界に流れるものに、
嘘なんかひとつもないのかもしれない。けど。

ニュースやインターネットの世界を流れているものは、
無数にあふれる砂粒のうちの、
ほんのほんの1粒ぽっち、の「ものの見方」を表現しているにすぎない。

今の私はとっては、
これが答えなのだ。

そんなこと持ち帰ってきました。


JKS手帖、2019年の
輝けるモットーは、これしかないですね。
これ→「ぼくらはみんな生きている」




って書いてると、
すんごい立派な旅してきたみたいだな。

ほんとは、ただひたすら、
食って食ってしゃべって、歩いて歩いて、食って、また食って、
そんで合間に何度か悪口いって大喜びして(実害のない人物のことだから許して)、
便秘して、痔になりそうになって、
最近はまりすぎて、その脚本の良さに狂わされてとうとうシナリオ集(韓国で出版された韓国版)まで
買ってしまったある無名女性脚本家による韓国ドラマの話にツバ飛ばしまくって、
合間合間に爆ぐん語りもとりあえずしといてやるかーってなもんでいそがしくって、
70代のハルモ二から地下鉄で席を譲られてショックで、
20代とおぼしきヤングマン(男)から「アジュンマ~」
って呼ばれてなんだかやっぱりショックで、
そんでまた食ったよB級韓国フードだらけ。
ひとりで食堂ってやっぱさびしーっ!きびしー。

そんなんでした。
わたしの近況。




ひさしぶりにきて、相変わらずだらだら長くてすびばせん。

とにかく、
みなさま、よい年末年始をお過ごしくださいね。
きもちよく、すやすやといっぱい眠れますように。
おいしいお雑煮とかお餅お餅お餅が食べれますように。
アジュンマにだってお年玉、だれかください。
くれたっていいべよ。
そんなこと言いながら、のんびりだらだらしたお正月。
世界のあちらこちらで離れてたって会えなくたって、
みんなですごせますように!


いただいたコメント個々にお返事しませんが。
ひたすらサランへっす。










今年もありがとうございました。
だいぶ早いけど。















PS
おそらく歴史始まって以来最高にクリアな発声で
「げ・ん・ま・い!」という日本の単語を叫んだ彼は
荒川良々うりふたつでした。そして荒川良々好きな私は
ちいさな恋におちてしまいました。これもまたかばやき。
のご報告をもって、平成のJKS手帖結びの言葉とさせていただきます。






# by aloetree | 2018-12-07 20:35 | あれこれ | Comments(0)