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1年前のいまごろ、

その頃は・・・
メモをとるのが趣味でハマっていて、

毎日、手帳を持ち歩いては、
あれこれ書き留めておく癖があった

あの頃、
映画会社 "아침/朝" の代表、
정승혜(ジョンスンヒェ)さんが
こんな言葉を言ってたっけなあ


 グンソクは、
 文章をとっても上手に書くけど、
 あまりにもカッコつけてるよね

 だけど、大丈夫さ

 しばらくは
 そういう年齢なんだもの

 1年たってから、
 自分が書いたものを読んだら
 やけに笑えることがあったりするでしょ?


ハ..
鬼みたいな人だよ

 ※귀신 같은 사람
  意)やっぱりボクのこと全部お見通しだ
    さすが大人だな 怖いくらいお見通しだ
  直)鬼みたいな人



僕が書いた文章を読みながら、

僕もやっぱり、
そんな気がしたことは事実だ

1年前に書いたメモをみながら、
ボクも半笑いが出てくるんだから
他の人々はどれほどに笑うことか

重要なことは、

1年前に、
あれほど深刻に、深く苦悩した、
その当時の問題たちは、

今になって考えてみると、
本当にちっぽけなことだったし、

ボクの人生を左右するような
大きな問題でもなかったかのように思われる

まるで、

時間がたって、
そういうことが今となっては、
酒1杯のおつまみになるように..

どうせ時間がたてば、
また笑うこと

僕はただ、
そのままずっと書き続けてみるんだ


また
新しいおつまみをつくらなきゃな
フッ


장근석
2008.07.11






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イジュンイク監督 & チャングンソク













*****




あろえ後記。



ジョンスンヒェさんが
グンソクさんに言った言葉。

 グンソクは、
 文章をとっても上手に書くけど、
 あまりにもカッコつけてるよね
 だけど、だいじょうぶさ
 しばらくはそういう年齢なんだもの
 1年たってから、
 自分が書いたものを読んだら
 すごく笑えることがあったりするじゃない?




でっかいー。
あったかいー。



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目の前にいる存在を、

(たとえば、
 その存在が、
 失敗を経験していたり、
 窮地におちいっていたとしても)


自分のものさしで、
ジャッジして影響を与えようとしたり、
心配、とか庇護という名の枠の中から、
応援しようとするのではなくて、

自分の生の経験からくる観点を
でっかい風呂敷をひろげるがごとく、
ぶわ〜っと拡げてみせて、


 わたしのはこれだけしかないけど、
 きっともっともっと広いんだと思うよー。
 思うままにやりつくしてごらんよー。
 まずは全部、自分でもって経験しようー。
 どこまででも、
 自分で合点がいくまでやってみよー。
 なにがあってもだいじょぶだー。
 ずっと見守ってるんだよー。



そんなふうな、

大きな信頼?
太っ腹なる放置?www

勝手に感じてる。






*****

정승혜さんが
代表を務めた映画会社"아침/朝"。

  チャングンソク出演映画
    「楽しき人生」の製作。


 「楽しき人生」で共演した、
  チョンジニョンさんは、
  多くの俳優・ミュージシャンなどが
  演じたいと熱望した
 「イテウォン殺人事件」の
  ピアソン役にグンソクさんを推薦。


  ジョンスンヒェさんと、
  「楽しき人生」監督イジュンイクさんは、
  「イテウォン殺人事件」に出演を決めたグンソクさんに
  「いい選択だね」って言葉をおくっている。



「楽しき人生」
    撮影期間 2007年3~4月。
    韓国公開 2007年9月12日。


 グンソクさんのこの言葉は、
 2008年7月11日のもの。


「イテウォン殺人事件」
    撮影開始 2009年5月9日。


 2009年5月17日。 
    정승혜さん亡くなる。


「イテウォン殺人事件」
    韓国公開 2009年9月9日。
 



「イテウォン殺人事件」
 公開当時の数多くのインタビューのなかで、
 チョンジニョンさんとチャングンソクは、
 故・정승혜 さんについて言及している。



なんだか、
"人の思いの連鎖" を感じるよ。









ジョンスンヒェさんが、
チャングンソクを、
今も見守っているかどうかは、
もちろんわからない。



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(…最近の写真を載せようと思ったら、
   でてきたのはこんなグンソクさんだった・・・)






でも、
一昨日の日記 ※ にアップさせていただいた、

友人の方が
ジョンスンヒェさんに寄せた、
追悼のこの言葉のように・・・

   数多くの関係の痕跡がふり積もって
   「私」というものをつくっている、
   そんな私の考えが、
   まったくのでたらめでないならば、
   私の中で、
   ジョンスンヒェの痕跡は
   いまだはっきりと鮮やかです。




チャングンソクの中には、
確かに、

ジョンスンヒェさんと出会った痕跡が
ふり積もっているんだと思う。



毎日毎日の、
数多くの出会いの痕跡が降り積もって、

チャングンソクは、
「チャングンソク」というものを
毎瞬毎瞬つくりつづけているんだと思う。








グンソクさんの表現。
"난 그냥 계속 써볼란다"


書きつづけてみる。
書きつづけてみようじゃないか。


"란다"という表現には、
はっきりとした意志がこめられているそうだ。


道だ。
チャングンソクという道。






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( …直近の写真を載せようと思ったら、
   またまた飛び出たグンソクさんはこんな感じだったw)







私も、
おんなじような気分です。

スタンスが微妙に変かもしれないけど



있는 그대로 마음 로
자신에게 어울린 스타일로
난 그냥 계속 장근석을 지켜봐 볼란다✨








わたしは、
チャングンソクに出会って、

何度でも、ぶれていいし、
何度、脇道にそれてもいいし、

目に見えて
確認できるものがなくて、
不安になってもいいから、

ぶれるたびに、
起き上がり小法師のように、
何度でも何度でも、
どっこらしょ、と立ち上がって、

「人の思いは連鎖する」
ということに、

自分の信頼を
置き直しつづける努力を
したいと思うようになった。




これもまた道。
ってことにしておこう。





お隣の国の、
うつくしい言葉。

さらんへよー。

わたしが
この言葉を使う相手は
チャングンソクだけじゃ






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(ラストショットは、
 絶対、最近のグンソクさんでいくんだっ!
 と意気込んでいたらこんな子が落ちてたw

 あまりにも まんま da チャングンソク!!!
 私の中のチャンさんそのもの。本望だ。
 最高でしょー!わたしのだいすきな人は!

  





GOD "길 /道"

그의 플레이리스트5 from leeyaeji on Vimeo.



 動画ラストの言葉 by Heeさん)

  네가 가는 그 길에
  자유와 긍지와 열정 이 늘 가득하길

  君がいく その道が
  自由 と 誇り と 情熱で、
  いつも満ちあふれていますように





















 





*****

 ☆ ジョンスンヒェさんが登場する記事

  「映画・楽しき人生」現場紀行




 ☆ 정승혜/ジョンスンへさんが語るチャングンソク。

  映画が俳優を育てる「キムサンホ&チャングンソク」 2007.09.17




 ☆ グンソクさんが語る정승혜さん。

  「イテウォン殺人事件」に怒りがこみあげた。 2009.08.11

  「イテウォン殺人事件。幸せな作業だった」 2009.08.31

  「9kg減量? キムミョンミン先輩の前では名刺も差し出せなくて」 2009.09.17




 ☆ グンソクさんがこの日記と同じことを語っているもの。

  「俳優、学生、そして21歳の学生チャングンソク」 2007.11.05





 ☆ そのほか。

   韓国のケン・ローチと呼ばれるホンキソン監督が
   ソウル芸術専門学校にて講義&「イテウォン殺人事件」鑑賞@2014




  







☆文章言葉全部協力。どそるんるんさんいつもありがとう。
by aloetree | 2015-12-31 00:27 | 親分のメッセージ
カイシンさんによる後記。
カイシンさんにお話して翻訳させていただきました。



詳細&写真の全容は、
カイシンさんのブログでどぞ!!!


http://blog.naver.com/tntnkaixin/220576789180










チャングンソク語やら、
謎の部分がいくつか登場したので、

翻訳にあたり、

カイシンさんとミクリさんが
助けてくださいました。
ありがとうございました。


説明が長くなる言葉については、
いちばん下の欄外に書きました。





チャングンソク語wwww

訳しながら、
クスクス笑いが止まらんわ。

あっぱれ。
本を読んでくれる男(朗読者)w
チャングンソク。






*****


チャングンソクわかちあい教授の特講 核心 整理


2015.12.23



漢陽大学初のわかちあい教授、
チャングンソクの特講に参加した後期を書いたものの、

考える時間が必要で、
to be continued..
の言葉も書かずに切ったままでいたら、

抗議が殺到..
とまではいかないけど、
不満程度は ㅋㅋㅋㅋ

さすが、
ガーリック爆発?
ㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋ

  ※欄外に、チャングンソク語における
   「ガーリック/ニンニク」の意味があります。



チャングンソクわかちあい教授の特講内容を
どんなふうに整理するべきか苦悩中だったが、

今日記事も出てきましたねㅎㅎ
あの左側下の写真ㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋ

あれは、
特講に参加したウナギだけが知る秘密。

#本を読んでくれる男

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講義の前からツイッターを通して、
"どんな話を聞きたいのか”
なんて誤打を飛ばしてたが(※)

始まるやいなや、

「僕にどんな話を聴きたいっていうんだよ〜、
 この "장아"(장아=ウナギの打ち間違い)どもめ〜」


といって、
聴衆の心を一気に鷲掴み。


#チャングンソクのファンは"장어/ウナギ"です


  ※ グンソクさんの12/19のつぶやき。
    나에게 무슨이야기 듣고 싶은 것이냐.. 장아들아..
    ウナギ=장아 の部分を、장아と誤打していた。
  
   


☆チャングンソク12/19のつぶやきの画像



この日の
チャングンソクわかちあい教授の特講のテーマは、
大きく4つにわけてみることができます。


僕が生きてきた話
アジアプリンスになるまで
アジアプリンスの成果
僕の人生観


というわけで、
準備してみました。

チャングンソクわかちあい教授の特講核心整理!
筆記する準備はよいですか?




CHAPTER 1)
僕が生きてきた話



「お前はとっくに、
 彼らにとっての良い先生になれてるじゃないか」


母校、漢陽大学から
学生たちに特講をしてほしいという提案を受けて、

まだ博士学位を取得したわけでもなく、
資質に欠けるから、誰かに講義をするレベルではない、

そう考えたんだけど、
本当に親しい兄貴分の一言が、
僕の心を動かしたんだ。

「誰かが、君をみて、
 君をロールモデルとしているならば、
 君はすてに彼らにとっての良い先生になれているんじゃないか」

#その誰か、というのがまさに私たち…という罠



土を食い荒らしてカワニナをとって食べて

江南で生まれたものの、
ご両親の事業で忠北、丹陽郡、テガリで、
土を食い荒らして、カワニナを取って食べ、
全校生徒がたった50人だったテガリ小学校に通い、
幼年期を過ごしたが、

ご両親の事業が失敗して、
事業を整理したあと、ソウルに戻り、
それぞれが孤軍奮闘して大変だったけれど、

今になって考えてみると、
家族3人ががんばって一つになっていたし、
仲睦まじかったし、堂々としてた。

あの当時が、一番しあわせだった。

#千戸大橋~♪



"Stay hungry,Stay foolish"

自分にとっての、
(理想の) 兄貴、

'까스' な兄貴である、
Steve Jobs の名言。

 ※この '까스' については、
  いちばん下に、意味の説明があります。
  そちらを参照してください。
  ちなみに、、、チャングンソク語です
www



お金はいつかなくなる
人もいつか死ぬ…
愛だって永遠ではない。

だから、

どんな時にも、
満足して生きてるようではダメだ。

自分の人生が満足だ、
そう考える瞬間に人生は終わる

#ハングリー精神



"汗を流すことなく儲けたものは
    お金ではなくて紙きれだ"


お母さんから
よく学んだことのうちの一つ。

だから、周囲から、
あれやこれやと、
雲をつかむような(?)オファーがきても、

汗を流すことなく稼いだものは、
お金じゃなくて紙きれにすぎないんだから、

今みたいに
いっしょうけんめいに仕事をして、
汗を流して稼いだお金で、

そして、

演技をして、
徹夜しながら仕事をして、

それで稼いだお金で、

自分がやりたいことをして、
解体ものを買う。

#あの〜その紙きれ私ちょっと..



"といっても僕はお金に関心はないんです"

アーティストは、

お金をお金、
として見なしてしまったら
アートにはならない..

何かを創造するには、
お金に気を遣っていてはいけない..

だから、

僕の会社は、
エンターテインメントでの儲けがほとんどない

#ヌナがグッズをたんまり買うからねㅠㅠ




CHAPTER 2)
アジアのプリンスができあがるまで



中学1年の頃から、
お母さんにせがんで、

最終的には、
中2で、
ニュージーランドに留学に行ったが、

やれ、という英語の勉強はせずに、
日本の友達たちと遊びに通って、

手に入れたVHSテープで、
日本のドラマ、バラエティ、歌、アニメなどを観て、

当時、演技・歌・MC・コントなどを
あれもこれも活躍する日本の芸能人を観て、

自分の夢を
エンターテイナー、アーティスト、
というふうに位置づけるようになった。

だが、

日本で成功するようになったのは、
それなりの勉強、努力、投資をしたからで、

今は、
アーティストとして、
民間の外交官のような役割にプライドを感じる。

#よっしゃ〜




CHAPTER 3)
アジア プリンス チャングンソクの成果



"みんなの方が、僕以上に、
   僕のことをよくわかっている人たちでしょ〜"



最高、
最初、
最年少、、

などのタイトルを付けて、
これまでに成し遂げた成果を

ここ、講演会場にいる自分のファンたちのほうが、
自分よりよっぽどよくわかっている。

#パス!!




CHAPTER 4)僕の人生観

"嘘はばれる"

時々、
誇張はするかもしれないが、
嘘はつかない。

ファンたちにも同じだけど、

僕の言葉は、
50%だけ信じろ。

ㅋㅋㅋㅋㅋ


"自分自身を信じてください"

所詮、
人生は一人だ。

人間にとって、
孤独というものは宿命なのだから、

孤独すらも楽しめ。



"みんな一緒にしあわせだったらうれしい"

どうして痩せないんだ?
なぜ運動しない?

……

食うな!

#ミッションインポシブル



"これ(=真心)一つさえあればいいのに"

僕が願うもの。

ただひとつ、
真心さえあればいいのに、

なんで、
演技をして、
リハーサルまでするのかわからない

#だ..誰が?



"自分自身の幸せとは何か。
  (自分にとっての)真実とはなにか?探し求めてください"


地球って何だ?
地球はひとつ。

僕たちみんな誰もが
しあわせな世界をつくってみようじゃないか

#we are the world




結論


正義というものは・・・

嘘をつかないこと。
正義を守ろうじゃないか!

本当の幸せを求めようじゃないか!

そして、
こどもたちの夢を支援して、
そのこどもたちの夢が現実に成し遂げられるように、
博愛主義を実践しよう。

人類のために、
というよりも、

すこしでも
ましな未来のために!


☆JKS教授からの招待状の写真




CHAPTER 0)
言葉!話!!話!!!



"チャングンソクが最高だろ"

#ウナギが好き? オンマが好き??



"駆け引き(押し引き)してるんだったが、僕たち〜"

#恋愛の技術



"Nike! ナイキ ナイキ ナイキ!!"

#編集以前に放送でナイキ=編集してほしいというシグナル



"どうせ、どれもこれも知ってる味じゃないか"

何を食べたって、
どうせどれも知ってる味なんだから、
食べないで・・・

でなければ、
食べたら運動しろ。



"팬질/ペンジルとは"

☆"わからない"のイラスト写真



"課題を差し上げます"

特講参加された方々、
課題を実践いたしましょう。



"ホントにファンだよな? 正直に言ってみろ〜"

漢陽大学の寄付金を
伝達しに来たCriJの会長様が、
プレゼントを教壇に投げつける(?)ような感じになって、
降りて行って



"もう30歳なんだけど〜。もう30歳!"

#30歳 祭りは終わった



"お疲れさまでした~^^"




推薦図書

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 1) The Reader 本を読んでくれる男
     (「朗読者」映画「愛を読むひと」

 2) スティーブジョブス
 3) これから「正義」の話をしよう
 4) スターの成功学
 5) 30歳。祭りは終わった
 6) 奇跡を起こす ニンニクの力


  ※ 映画「愛を読むひと」は、
    以前、キムハヌルさんがインタビューで、主役の女性について、
    「いつかこんな役を演じられるようになりたい」と語っていた映画です。





講演後期

まず、
チャングンソク本人のファンのために、
このような特別講演をしてくださって、
ありがとうございました。

しかも、
黄金のような土曜日の午後!
それもなんと、二時間もの間ですよ…

これまで、
本人が生きてきた人生、経験を、
ストーリーテリングの形式で伝えてくださり、

もしかして、
眠くなっちゃうだろうか、、、と心配していたが、
眠たいなんてどころか、指摘癖に胸がドキドキドキドキ!

・・・と何度も・・・

あー、
ほんっとに!

ㅋㅋㅋㅋ

話が上手なことといったら
ㅋㅋㅋㅋㅋㅋ

ところで、

個人的に、

ドンピシャな話もあり、
そうでない話もあって… ^^

ああ、それから、

君のファンは、
みんな結婚してるわけじゃないってば!!!

結婚してないファンたちも
たくさんいるんだから!

なぜ、ひとまとめに、
"結婚してる人"に追い込むんだよっ
ㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋ

未婚者としては、
今後、ちょっと注意していただくよう望むㅋ

講演内容を全部明らかにする訳には行かないが、
それでも、

さすが、
ファンたちをとりまとめてくれるのは、
チャングンソク本人しかいない。

そう思わせてくれた講演でした。

ナイキ!(編集!)と叫びながらも、
ファンたちの前であるから、と言いながら、
率直な話をしてくれたのもありがたくて。

ファンのための講演。
コーヒーのケータリングカー。
そしてプレゼントもありがたくて。

結論。
さすがチャングンソク

#ありがとうで終わりますね



*****

"新西遊記" ナPD
 「放送でナイキ..以前だったら"編集"のシグナル」の記事。














*****


いくつか。
チャングンソク語について補足説明。



この講義では、
人間の類型として3つのタイプの話が出た。

(1) ガーリック=にんにく タイプ。

  これは先日のmicriさんの後記でも触れていたもの。
  
  すべての誰かが話をすれば、
  自分ではない、とし、爆発する人。


(2) ?????

  お金ならなんでもできると思っている人。


(3) '까스'

  人に対する配慮をしながらも、
  自尊心を守る人。 ※チャングンソク語

  つまり、チャングンソクにとって、
  Steve Jobsは까스な人。ということです。

  チャンさんが伝えたかったメッセージとしては、
  「なにごとも、
   あまりに急いで考えたり、
   いきなり怒ったりしないで。

   お金というものは、
   あるといっても、
   消えることもありうるものだから。

   自尊心を大切にしながら生きろ」

   という意味を込めて'까스'


   







*****


実は、わたし、

この'까스' の意味が
どうしてもわからず、

スラング辞典も含めて、
昨日からぐるぐると彷徨ってました。

とうとう
ギブアップして、
質問したら、

返ってきた返事に、
急速脱力腰砕けwwwwwww


返事 ☟☟☟

「あwww
 韓国にそんな言葉はありませんwww

 チャングンソクが勝手に言ってたんです。
 まあ、これもまたチャングンソク語ww」






チャングンソク。
えへらでぃや。
さらんへよー。



これは、
こちらだけの話にしといてください。


   
by aloetree | 2015-12-30 23:43 | ウナギ
ジョンスンヒェさんを語る
グンソクさんの言葉、、、の前に。



間に合ったから
先にコレーーっ!



わたし、
煙草、についての会話を、
ずっと探し求めてましたー。

ひっひっひっひー。
うっしっしっしー。


あ、
わたしは禁煙8ヶ月め
?? www




これはワンダフル。
タバコを吸うふたりの姿が
虚空に浮かんできそうです



ジニョンさんもいいのーかっこいいのー
うちのグンソクチャンには負けるけどwww


と・に・か・く!!!!!!!!
よみごたえひゃほーーっいっ!!!!!!!



BEST OF BEST
最強萌萌インタビュー決定版
✨✨







ハングルを
ぜんぶ手書きで文字起こしして、
必死で作業しました!年内に間に合った!
でかしたあろええへらでぃやーww

資料提供協力してくださった
韓ウナウナ様ありがとございます












以下。
拙訳。













「イテウォン殺人事件/2009年」当時、
チョンジニョン & チャングンソク対談形式インタビュー。
                  (雑誌SCREEN掲載)






黒:記者さん
オレンジ:チョンジニョン
青:チャングンソク



*****


チョン・ジニョン&チャン・グンソクは
一見しただけだと、
明らかに、なにひとつ共通点がないように見える。

 겉으로 一見しただけだと・表面では・見かけでは


だが、彼らは、
現在の忠武路(チュンムロ)
最も幻想的な呼吸(すばらしい相性)を誇るカップルなのだ。

 환상 幻想的・素晴らしい
 호흡 呼吸・息がぴったり・一体感・相性


たしかに、
似ている部分がなくとも、

お互いに 

あんな先輩だったら、、、
あんな後輩だったら、、、

と、
通じているといわざるをえない。

お互いを配慮する温かい様子を目にすると、
自然とそんな気持ちになってくる。


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「楽しき人生」で、
年齢差を越えて濃厚な友情をわかちあった、
チョン・ジニョンとチャン・グンソクが、
今度は殺人容疑者として再会する。

「イテウォン殺人事件」は
1997年イテウォンのハンバーガー店で起きた、
殺人事件をもとにした映画。

チョン・ジニョンは
事件を担当したパク検事を、

チャン・グンソクは
有力な容疑者のうちの1人であるピアソン役を演技する。

忠武路(チュンムロ)のニューパートナーとして
浮上したチョンジニョンとチャングンソクに会ってきた。


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2007年「楽しき人生」以後の再会だ。
お互いに出演するということを事前に知っていたか?


先輩が先にキャスティングされていることを僕は知っていた。
(それが) 出演を決めることになった大きな理由でもある。

「楽しき人生」は、今でも、
僕の映画のフィルモグラフィーとして
まっさきに思い出す映画だ。

撮影現場がいつも楽しかったし
先輩方から多くのことを学んだ。
だから、今回も
共演したら楽しい作業になるだろうと思った。



ホン・キソク監督に
チャン・グンソクを推薦したと聞いたが。


マスコミ(言論)では、
そんなふうに言っていたが、
実際とはちょっとちがっている。

ホン・キソク監督様が
ピアソン役にチャン・グンソクはどうか、と尋ねられた。

それで
「いいに決まってますよ。
 だけど、グンソクがやるだろうか?」と話した。(笑)

「イテウォン殺人事件」は、
潤沢な予算を持つ商業映画ではない。
だから、グンソクが出演提案を承諾するなんて、
考えることができなかった。

それというのも、
表現が適切じゃないかもしれないが、

(グンソクは)
最近の"主流"で、
活動がもっとも活発な若い俳優でしょう。
すんなり応じるとは予想できなかった。

負担に感じさせるかもしれない、と思ったから、
グンソクに特別に話を伝えることもしなかった。

いくら親しい先輩後輩関係だからといって、
出演問題に干渉することなんてできないじゃないか。

グンソクが受諾した、
という消息を聞いて、その時はじめて連絡をした。



どんな話を交わしたのか?


その過程がちょっと笑えるんだが。

グンソク宛てにメールで
「ありがとう」と送ったが、返事がないじゃないか。

あとから聞けば、
その期間に携帯電話の番号が変わってたんだよ。



それで、あとになって先輩がメールをくれたのを知り、
一歩遅れてメールを送った。
ところが、その時はその時で、先輩の番号が変更されていた。



本当に。。。
お互いに、空にむけて話をしたようなもんだね。(笑)




映画を選択するとき、
実際の犯罪事件を土台にしたという点が
プレッシャーになることはなかったか。
しかも、未解決で終わった事件じゃないか。


実際の話、
「イテウォン殺人事件」だけに限らず、
実話をもとにした映画には不利な点が多い。

実際の事件が足かせとなって、
自由に映画化するのは大変なことだ。

いちばん大きな問題は、
つくる人間も現実を抜け出すことができないが、
観客も映画と事件をべつものとして考えることができない、
という点だ。

だが、実話を土台にしていようが、
原作があろうが、

それはあくまで
映画をつくる資料であるだけ、で、
映画はまた新しいものだ、と思う。

映画はドキュメンタリーではないんだもの。
虚構が入るしかない。

もちろん、
最初から現実を排除することはできない。
特に今回は、未解決時間だということで、
あれこれと敏感な部分が多かった。

実際に、
映画を製作する、という消息をききつけ、
映画会社に電話がきた、という話も聞いた。

だが、
「イテウォン殺人事件」は、
容疑者として指定された人々の
人権を侵害するためにつくったのではない。

映画的解釈で
現実の判決を増えたのでもなくて
ひっくりかえすことでもなくて。

映画は、
別の面をみるもの、ということにすぎない。

被害者はいるのに加害者がいない。

これは当時の社会の不条理だ。
とんでもないことが起きた、
ということについての映画だ。



キャスティングの提案がきたとき、
ちょっと意外だったんじゃないか。
ピアソンはメキシコと韓国の混血児じゃないか。
韓国語もまったくできないし。


外見的な問題のために深く悩むことはなかった。

簡単ではないだろうが、
混血児の感じはスタイルを決めればいいし、
英語は習えばいい、と思った。

それよりも、
僕がピアソンというキャラクターに
どれくらいちかづいて受け入れることができるのか、
ということについて悩んだ。

ところが、
時間が経てば経つほどに、
頭のなかで、
キャラクターがずっとぐるぐるしっぱなしだった。

ピアソンが取り調べを受けるときは、
このような感情じゃないだろうか。
このような行動をするんじゃないだろうか。

そんなふうにしながら、
自分でも知らないうちに、
ずっと、ピアソンの感情を推理していた。

二面性、という部分が
魅力的なキャラクターだった。

容貌的な部分やら、
英語での演技がプレッシャーだといって(この役を)逃したら、
あとで後悔しただろうと思う。



事前準備がたくさん必要だったのでは?


撮影前から、
個人レッスンを通じて、
英語の発音とアクセントを習ってきた。

そのおかげか、時間が経てば経つほど、
英語に対するプレッシャーが徐々に減っていった。

ビジュアルも
混血児の感じを生かすために
できることは全部トライしてみた。

カラー(コンタクト)レンズをいれたり、
眉毛を染めたりもした。

監督があれこれご覧になって、
適切な妥協点を探してくださった。

髪の毛を編み込むと、
みんなから、外国人みたいだっていわれた。

だから、
容貌面についても、それ以上気をつかわなかった。



もとから、
グンソクがエキゾチックにうまれついてるから、
特別な扮装が必要じゃなかったりもした。


(タバコをつかんで、チャングンソクに)

タバコ、吸いたければ吸えよ。

(記者にむかって・・・)

(グンソクに) 気楽にしろ、といっても、
私の前でタバコを吸うのに、すごく気兼ねするんだ。
酒の席でも隠れて吸ってるし。



礼儀正しい後輩だ。(笑)


そうはいっても、
タバコは気楽に吸わなくちゃ。



お母さんが、
大人たちの前にむやみにタバコを吸うな、
と言うもんだから。(一同爆笑)




こんなふうにお互いを配慮する先後輩関係だけに、
演技するときの呼吸(相性)は心配なかったんでしょうね。


ハハ。
「イテウォン殺人事件」は
俳優同士の演技の呼吸が重要な映画ではない。

映画を見れば分かるだろうが、
互いに、だましだまされる人物たちだ。

相手に自分の本心を気取られてはいけない。

だから、今回の映画では、
コミュニケーションが希薄でも、
各自が自分のキャラクターにだけ没頭しなければならなかった。

キャラクターとストーリーとの呼吸が重要な映画だからだ。




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実際の担当検事には会ってみたか?


会わなかった。
当時、検察庁に勤めていて、
担当検事についてよく知っている友人に、
その方(担当検事)についての話を聴いたが、
相当、独特な方だったんだよ。

自分の信念に合わないかぎり、
決して妥協することはない方だ、という話だった。

エピソードを聴いてみたら、

キャラクターが濃い方だから、
会ってはいけないという気がした。

「イテウォン殺人事件」は
事件がメインとなる映画であるべきなのに、
その方について演技をしたら、
キャラクター映画になってしまうような気がして。




ピアソンのモデルとなった実際の人物に
会うことなんて夢にも考えられなかっただろう。
シナリオに忠実にやるしかなかったんだろうから。


当然、実際の人物に会うということは、
考てみることすらしなかった。

だけどそれは、
"実際の人物と距離を置いたほうがいい"、
という先輩の考えとはちょっと違っていて。

僕は、
実際の人物のことを知りたくて、
当時の記事など、資料をたくさん探してみた。

僕も事件当時の雰囲気については、
幼かいながらも記憶していた。

だから、
どんな人物なんだろう、と気になった。

他の俳優たちと合わせながら、
つくっていった部分もたくさんある。

たとえば、
シン・スンファン兄が演技するアレックスは、
ピアソンとちがって、スラングも多いし、
行動ももっと荒っぽい。

だから、
スンファン兄は、実際の在米同胞に会って、
彼らが話す生きた英語をたくさん勉強していた。

だけど、
僕は、英語の先生から、
あえて、きちんとした話し方を習った。




シナリオを読んでみると、
2人とも、その本心が曖昧なキャラクターだ。
演技のトーンをつかむのは簡単ではなかっただろう。


シナリオには
検事のキャラクターが
それなりにはっきりと描かれていた。

編集過程で、
検事が正しい、
ということを浮上させるシーンが
ずいぶんとカットされて、

実際の映画になったら、
パク検事は、
より一層あいまいな人物として、
出ているようになった。

決定的な瞬間に、
揺れたり。

そんな部分が、
演技をする立場としても、
多少、混乱することもあった。

だが、
俳優の役割は、

感情を表現すること、であって、
論理ではない。

だから、そのまま、
シナリオが描写しているパク検事の心理を
受け入れよう、と努めた。



僕もやっぱり同じで、
ピアソンを感情的に受け入れよう、
と努力した。

実際の事件の記録を探した理由も
そのためだ。

当時、ニュースで事件をみたときは、
幼心に、
ただただ「悪い」という考えだけがあった。

だけど、
僕がピアソンを演技する以上、
善悪の有無からは離れて、
そのキャラクターのなかに入らなければならなかった。

そんななかで発見したことは、

18歳、という年齢で
殺人容疑者となった少年の「恐れ」だった。

思う存分に酒を呑んで、
家にどんなふうにして
帰ってきたのかも思いだせないというのに、

次の日になってみたら、
殺人事件の犯人だ、
と人た集まってきていたら、
とりあえずその状況から逃れよう、
というふうにもなるだろう。




一緒に撮影した最初の場面はどこか?


パク検事が
容疑者として指定されたピアソンを取り調べる場面だ。
映画の中で、ふたつのキャラクターが
はじめて出会う場面でもある。



他の撮影よりも
ずいぶんと緊張した1シーンだった。

パク検事と有力な容疑者が、
初めて体面する場面、ということは、
映画のスタートといってもまちがいじゃない。

撮影の前日には、かなり悩んだ。

グンソクとも
(電話で)かなり話したりもした。




とはいっても、
悩みを打ち明けるために電話されたんじゃない。

夜に電話をくださったので、
明日の演技についてのアドバイスを
していただくんだろう、
と思った。

ところが、
そういう話よりも、

現場の雰囲気や
監督の演出スタイルについての話をした。

今になって考えると、
先輩が配慮してくださったんだと思う。

もしその時、
演技についてアドバイスをしてくださったとしたら、
僕は混乱してしまったかもしれない。

僕が考えたピアソンと先輩の意見が違っていたら、
合意点を見いだそう、と
夜の間ずっと、悩んだだろうから。



私は<三番目の視線/ 2006>など、
ご一緒してきて、
ホン・キソン監督のスタイルを知っているから。

だから、
その部分について
言質(はっきりとした言葉)を伝えたってところだな。




普段から、
後輩への演技のアドバイスは
むやみにしないようにしているのか?


いくら経歴が長い先輩だからといって、
他人の演技に対しては、
むやみに話したりするのは好きじゃない。

それは、
俳優がキャラクターのために
一生懸命に注いだ努力と時間を無視することだ。

各キャラクターに対する最終レビューは
監督の役割であって、

同じ俳優である私が、
こうしろ、ああしろ、
という問題じゃない。

サッカーをするとき、
ひとりの選手が、別の選手にむかって、

「お前はあっちに走れ」

とか、そんな指示するなんて、
話になるか?

同じ同僚から
そんなふうにされて、
走りたいか?(笑)



「楽しき人生」の時も、
まだ青臭い新人だったのに、

指摘してくださったのは、
演技以外の部分についてだけだった。

「監督がなにもかもよくわかって
 つくってくださるんだから、
 キミはただ、じっと静かにしてろ。
 飛び跳ねようとするんじゃない」って



(一同爆笑)


そんなふうに言っておきながら、
いちばん跳びはねさせたんだよね。ハハ。



映画2作品で共演したといっても、
年齢や経歴の差があるのに、
どんなふうに親しくなったのか?


そんなの、、
作業を通してにきまってるじゃないか。

実際に、映画以外では、
グンソクとは共通点がない。

年齢差なんて、
なんと23歳だよ。(笑)

だけど、
仕事をするときは、

個人的な
「記号」を通してだけ
付き合うのではない。

だから、
重要なのは、

年齢や経歴はじゃないってことだ。

一つの目標のために
一緒に最善を尽くすことだ。

もちろん、
一緒に仕事をするからといって、
だれとでも親しくなるわけではない。

だが、
真心をもってベストを尽くせば、
お互いに通じ合うことができる。

一生懸命キャラクターを分析し、
現場で誠実に仕事をする、
そんな同僚俳優を嫌う人間がどこにいる?

グンソクは、
そういう準備を本当にきちんとするんだ。

誠実で、賢い友人だよ。(笑)



先輩は、
同僚俳優、として僕に接してくださる。

演技をしていて、
切なく残念に思う時がある。

相手の俳優の気に抑えられて、
思う存分に自分自身をひろげられない時だ。

幼い頃から活動をしていたせいかか、
そういうふうに感じる場合が多かった。

"こんなふうにすれば、
  正しいのかな(合ってるのかな)"

"いや、ちがうのかな"

"怒られて
  ひどい目にあっちゃったらどうしよう"

そんなふうに
委縮してしまったりしていた。

ところが、先輩は、
常に変わることなく、
僕の意見を尊重してくださった。

その一方で、
僕が持っている以上のものを
ひっぱりあげて、
持ち出せるように助けてくださったから、
大きな力になった。

これは同時に、
重い責任感が生じるということでもある。

全面的に僕に任せる、
ということを意味するんだから。



とはいうものの、
こんな関係が、今後逆転する可能性もあるよ。

グンソク。

キミが、
私をひっぱらなければならない日もくるかもしれない(笑)

映画撮影は、
旅に似ていると思うんだ。

先に、私が行ってみた場所ならば、
どこの風景がよい、とか、
どの食堂がおいしい、とか
その程度のガイドはできるもんだろう。

私のほうがたくさんの経験をしてきたから、
それを知らせて(教えて)いるにすぎない。

だが歳月が流れれば、グンソクが、
「こちらに行かれたら、
 こんなメニューを召し上がるように」
と、私にガイドしてくれるんじゃないかな。



3年ぶりに共同作業してみて、変わった点はあるか?


歳をとったね。

「楽しき人生」のときは、
産毛がスベスベした少年だったのに、
今じゃ、青年になって、酒もよく呑むし(笑)

なにより、
りりしく、
たくましくなっていて、うれしい。

私は、
子役俳優というものは、
非常に悲しい存在だと考えているんだけど。

幼いうちから、
大人たちと一緒になって社会生活を送るというのが、
どれほど大変なことか。

しかも、放送(業界)だ。
映画班は殺伐としている。

だから、
子役俳優たちも表情が明るい。

はじめてグンソクと会ったときも
そうだった。

顔はまだこどものようなのに、
考え方(頭)は年齢に似合わず老けていて、
表情はただただ明るくて。

だけど、
今回、ふたたび親しく会ってみたら、
ものすごく、たくましく、
男らしくなってるじゃないか。
大学生活も、存分に享受していた。

自分自身の生活、
というものが、
ようやっと(はじめて)できるようになったんだろう。



自分自身に対する、欲、が出てきた。

いよいよ最後の学生生活なんじゃないか。
どんなことをしても、
しっかり味わわなければならない、
そう思った。




次期作品は決まったか?


来年は、
しょっちゅう仕事してる男(※)と、
作業することになるが、現在はオフ。


  ※ 直訳すると「両班=貴族」だが、
    ここではたぶん「男」という意味かと。




イジュンイク監督のことか?


まあ。
そんなとこだね。(笑)
もうシナリオまで書いたって言ってたよ。
それまでの間なにをするのか、まだわからない。



僕が思うに、
旅行に行かれるんじゃないだろうか。

先輩は作品が終わると、
いつも旅にでられるから。




チャングンソクさんは
次回作品が「美男ですね」だ。
今回は、軽くてはつらつとしたトレンディドラマだ。


自分でも思う。
僕の作品選択には一貫性がないような気がする、って。(笑)



作品のタイトルが「美男ですね」なの?
ちょっと、、、ショッキングなタイトルじゃないの。



徐々に"強弱"のリズムに乗っているみたいだ。
ずっと、落ち着いた作品をやり終わった後、
次の作品として「アイドル」的な作品をしてきた。


まだ若いから、
可能なことみたいだ。

「美男ですね」を選択した理由は、

これまで演技をやってきて、
意外なことに、

明るく笑ってみる役を
ほとんどやったことがなかったからだ。

愛ゆえに、
死んでしまったり(する役とか)。

もちろん、今回も、
活発というわけではないが、
ビジュアルが華やかで、
同年代の感性がにじみでるキャラクターだ。

今できることを全部やってみたい。
もう23歳だから。



いいなあ。。。
私はもう、
することがほとんどないけど。。。

早く頭でも白くなって、
グンソクの父親役をやらなきゃな。



(一同爆笑)



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*****


ジニョンさん。
グンソクさん。

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2012年には、
ジニョンさんの言葉のとおり、
「ラブレイン」で、

イナイナ共演。
イナジュン共演。

ワンダフルったらワンダフルでございます。
またどっかでふたりの共演をみられますように。


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※いろいろいただくコメント等々諸事情にて
 日記の一部限定公開のままでごめんなさい。
 コレハダイジョブデアリマスヨウニ

by aloetree | 2015-12-30 02:25 | Interview/ だいすき

정승혜 さんのこと(3)

スンヒェさんの言葉の端々から
チャングンソクを想起し、

スンヒェさんの
机の上に飾られた写真には、
実際にチャングンソクがいるよー。







정승혜 さんのこと

  vol 0
  vol 1
  vol 2





キム・エギョンが会う②
 映画会社アチム(朝)代表 ジョンスンヒェ


2008.05.26


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"天下のジョンスンヒェ"
と言うくらいだから、

天下の恐ろしい人も、
天下の気難しい人も、
天下の自分より優秀な人も、
天下の自分より醜い人も、
天下の親しくなりにくい人も、
絶対にいないパワーウーマンだ。

大韓民国の映画界
"公認・広い人脈を誇る人"であり、
"客間兼書斎の主人"である彼女。

やわらかいカリスマと
愉快なエネルギーで、

ほんの数分で、
誰もを魅了してしまう彼女は、

私にとって、
人生のメンターだ。


<トカゲ>から始まった彼女の映画製作は、以後、
<ラジオ スター> <楽しき人生> <宮女>、
そして封切り待機中の、
スエ主演<あなたは遠いところに>につながる。

しかし、
彼女の手を経た映画は
これだけではない。

そっと遡ってみよう。

映画会社シネワールド三人衆。
中心にイ・ジュンイク監督、
左の青龍がチョ・チョルヒョン常務
 (現タイガーピクチャーズ代表)
右の白虎にジョンスンヒェ理事
(現在、映画会社アチム/朝の代表)のことだ。

この三人衆が
一つになってつくりだした作品は、
<王の男> <達磨よ遊ぼう> <達磨よソウルへ>
<黄土ヶ原> <恐怖タクシー>などがある。

彼女は、
これらの映画で、

製作理事、または、
プロデューサーとして
クレジットを上げた。

しかし、
これが全部ではないのだ。

広告デザイナーとして
映画での経歴を積み始めた彼女は、

デザインだけでは満足できず、
映画のコピーを書き始め、

その最近作を挙げるだけでも、
<角砂糖> <사랑을 놓치다> <韓半島> <シルミド>
<My Boss, My Hero 2> <美しき野獣> <親切なクンジャさん>などなど。

1編や
2編ではないのだ。

彼女が残したコピーと、
その後日話だけを集めても、
軽く、本一冊ができてしまうほどだ。

映画界に青春を捧げた、
という功績により、

2006年度には
"今年の女性映画関係者賞"を受賞もした。


映画作業だけをしているかって?

Oh NO!!!

朝鮮&中央&ハンギョレなどの新聞、
そして、あらゆる雑誌にコラムも書き、
ラジオ放送のパネラーもする。

様々な場所で講演もすれば、
<ジョンスンヒェの사자우리> <노는 여자>という単行本も出版した。

おそらく、
分身の術を使えるのではないか。

でなければ、これほどに
多様多種(その上、その結果まで立派で!)なことを
やり遂げるなんてできないはずだ。

24時間を区分して生きる日常は、
誰にとっても全く同じことなのに。


とにかく、
傍点をつけなければならない大きなテーマは、

 彼女が、
 忙しいなかで、
 同時に多くのことをやり遂げる、

 という事実ではなく、

 忙しく、
 たくさんのことをやり遂げながらも、
 他人に対して、
 ただの一瞬だって、
 疲れた顔や大変そうな憂いの表情をみせることがない、
 という事実だ。


彼女はいつも、
エネルギッシュで、愉快で、
自分で楽しむと同時に、
周りの人までもを楽しませる。

彼女に魅了されずにはおれない理由は、
まさにここにある。

私は彼女を大好きだ。

と同時に、
尊敬もしている。

キャリアウーマンとして、
私が40代になった時には、

ぜひとも、
彼女のようでありたい、と、

ものすごく望んで、
望んで、望んでいる。

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<プレミア>の年中企画、
"2001年、最も創造的な人物20人"などの
特集記事でのインタビューを受ける側と、

そのインタビュアーとして出会ったのが、
私たちの最初の出会いだったと記憶している。

会うやいなや、私は、
磁石に惹きつけられるように、
彼女の愉快なエネルギーに
ピッタリとくっついてしまった。

ひとつの井戸を掘って、
暇さえあれば、
脇見をしてきた彼女とは違って、

乱雑な井戸を掘って、
疲れるとまた別の井戸を掘って、
退屈になるとまたまた、
別の井戸を掘ったりしてきたのが私だ。

ところが、
掘る井戸ごとに、結構水が溜まる。

彼女には、
わたしのそのような"スコップ作業"が、
だんだんと可愛くみえてきたようだ。

そんな縁で、
私たちの間柄は、

映画界から離れても、
継続してつながってきた。

そして私は、

彼女が出席した、
記者の結婚式3組のうちの1組に記録される、

という栄光をも手にした。

それなのに、
別居だと?

はい。別居だ。
そう言ったじゃないか。

映画界において、
彼女は、

「彼女を知らなければ、モグリだ」

といわれるほどの、
広い人脈を誇る人物であり、

彼女が知る(さらに親しくつきある)記者の数も、
手足の指をすべて動員しても足りない、というくらいだ。

要するに、
自慢するだけのことだ、
と、わたしは思う。ハハ

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社説が長くなってしまった。

彼女を好きにならずにいられない理由を
書こうと思っていた。

私が、
どうして彼女を好きなのか。

いつも
おもしろく生きているからだ。


実際の話、
熾烈に生きる、
ということは真似することができる。

それは、
ちょっとだけ努力すれば、
誰にでもできることだから。

しかし、

激しく、
忙しく生きながら、

いつも愉快に人生を楽しむことができる人は
多くない。

そのためには、
途方もないほどの
内面の経験値が必要とされるのだ。


人々が
彼女に投げかける共通の質問がある。

「そんなにたくさんのことを
      一体いつするんですか?」

「お忙しいんでしょう?
 それなのに、どうして、
 忙しそうな素振りが見えないんですか?」

すると彼女は答える。

「遊んで、
  で、ときどき仕事をします」

「遊ぶのが、すなわち仕事でしょう」

「忙しくないです。
 いや、忙しいことは忙しいが、

 忙しい忙しい。
 という素振りをみせて、
 それが、
 なんの役にたつんですか?」


その通りだ。

私も、
友達から携帯電話に電話をかけてきたり、
メッセンジャーで話しかけられる時には、

いつも、
「忙しいでしょう?」で始まる。

私は、
「おお、忙しい。
 用件だけ簡単に」

という感じで返事したりする。

だから、
私は下手くそだっていうことだ。

いつだったか、
「本当にお忙しくないんですか?」と問い直した私に、

彼女が
言ってくれたアドバイスがある。

「どれほど忙しくたって、
 忙しいような素振りを見せないのが
 上級者なんだよ。

 忙しい、と返事して、
 話かけた人々に話をさせないの?
 それは違うでしょう」


その通りだ。

どんなに忙しかろうが、
話すべきことは話して、

区別する対話は
ちゃんと区別しなければならない。

そして、
どうせなら、
愉快な対話をしなければならない。

忙しい、
心が慌ただしい、といって、

相手に
イライラしたポーズを漂わせてしまえば、

戻ってくるエネルギーも、
あまり愉快でないものになる。

ああ。
戦略をちゃんと伝授してもらったのに、
まともに実践できずに生きている私は、
どれほど足りない人間なことか。

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 ↑ 彼女が愛する男たち。机の前にきれいに飾ってある。


今回の出会いでも、
学んだばかりだ。

私は最近、

何かに集中して没頭する、

という考えで殺気だっている。

私、
私のもの、
私の家族、
私の健康、

といったものは、
すべて後回しにして生きてきたのだ。

一日休めないことぐらい、
家族をしばらく後回しにすることくらい、
封切りの映画を全部見逃して生きるくらい、
朝夕、吐き気でゲーゲーするくらい・・・

今すぐにしなければならないことを
ある程度済ませた後で、

振り返ってみれば充分だろう、

そう思っていた。

しかし、

生きる中で、
優先順位を置くべきもの、

というのは明確にある。

私は
それを逃していたのだ。

彼女と会ったその翌日、
私はたくさんのことを悟った。

そして、

それこそ数ヶ月ぶりに有休をとり、
電話機をつかんで振り回したまま、
一日中ごろごろとしながら過ごした。

彼女と会わなかったならば、
"自分自身を振り返ってみるのが大切だ"という
彼女の言葉を聞かなかったならば、

そんなふうに、

休息をとる、
という考えなど、
絶対に浮かばなかっただろう。

それだけではない。

ちょっとでも
電話機を手にすれば、
せっかちな性質が出る私が、

そんなふうに電話機をオフにして、
のんきにゴロゴロすることもできなかっただろう。

とにかく。

いつも、

こんなふうに、
もらってばかりだから、

私は、
この方に、
何を差し上げたらいいのか..



*****


永遠の映画人、
ジョンスンヒェを追慕して/ 2009.05.18










*****



私の友達 ジョンスンヒェ

http://www.bookino.net/m/post/304
2009/05/19 23:38


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 좋아져라 좋아져라…
 よくなれ よくなれ…


彼女がミニホームページに
最後に掲げたフレーズでした。

私の友人정승혜 (ジョンスンヒェ)

今日、
彼女の最後の道を見送って帰ってきました。

自身が記憶した呪文のとおり、
もっとよくなろう、と、
苦痛のない世界に向かって急いで旅立ったのか…

すごく風吹く日に亡くなって、
心が痛かったけれど、

今日のように、
日差しのよい日に、
見送ることができて、

それでも幸いだ、
と言うべきなんでしょうね..

夕暮れに日が沈む頃、
彼女を下におろして、

長いお別れの儀式が終わったとき、
その場にいた人々はお互いを見つめて驚きました。

万障繰り合わせて、
彼女を見送ろうと、
長い道のりをやってきた人が、
100人を超えていました。

私のように、
休暇を出してやってきた人はともかく、

出張で出かけていたカンヌ映画祭から、
残りの日程をキャンセルして駆けつけた友人がいれば、

今日の空港から
チャンジに直行した人もいました。

彼女と
20年来の知己であるイ·ジュンイク監督は、
最後のあいさつをしながら声を詰まらせ…

 周りを一度見回してみてください。
 ジョンスンヒェがどのような人だったのか、
 それを、今、みなさんが見ていらっしゃる。


そう、おっしゃられましたね。

まだ、
彼女の笑顔を
うるむことのない目で眺める自信がないが、

整頓された文を書く自信もなくて、
彼女の追慕特集を載せる媒体の原稿依頼も遠慮したが、

戻ってきて、
しどろもどろちんぷんかんぷんなことでも
彼女に対して言いたくなりますね.....

10年以上前に、
記者と取材ソースとして
初めて出会ったけれど、

彼女は私のともだちです。

年齢が、
年上であれ年下であれ、

彼女をともだち、と
呼ぶ人間は私だけではありません。

どこの誰に会っても、
(上下関係でない) 水平の友情関係を結ぶ、

そんな不思議な能力を
彼女はもっていました。

彼女は、
私が直接知っている人の中で、
最も強い人でした。

2006年、
病気を発見した時、

医師から、
長くもって1年ちょっと、
と言われた人生を、

彼女は、
3年を超えて生き延びました。

やはり彼女と20年の親交があり、
イ監督とともに、喪主役をつとめられた、
チョ・チョルヒョン代表は、一昨日葬儀室で

 ジョンヒェは、
 仕事に対してだろうと、
 人に対してだとうと、

 さらには 
 病気に立ち向かうことであろうと、

 ただの一度だって、
 卑怯(臆病)だったことがない。


そうおっしゃいました。


そんな彼女を
立派で、誇らしく思います。

彼女が
私に友達として接してくれたことは、
私の人生にとって稀で光栄なこととして、
いつまでもいつまでも記憶するでしょう。

数多くの関係の痕跡がふり積もって
「私」というものをつくっている、

そんな私の考えが、
まったくのでたらめでないならば、

私の中で、
ジョンスンヒェの痕跡は
いまだはっきりと鮮やかです。

ジョンスンヒェ、
イ・ジュンイク監督、
チョ・チョルヒョン代表を含む、
シネワールド3人衆がいなかったならば、

4年前の私は、
あえて本を書いてみる、
など思いもよらなかったはずで、

そうだったら、
今の私は大いに違っていたでしょう。

無謀にも、
初めて本を書いたのだって、

この3人衆の強烈な
"プッシュ(押し出し)"があったからこそであり、

さらに、ジョンスンヒェは、
本のイラストと表紙を描いてくれ、
タイトルまでつくってくれました。

初めての本が出版されるやいなや、
私が一番最初に走って行ったところも、
彼ら3人のところだったんです。

彼女自身が、
3冊の本の著者であり、

文章を書くことに
誰より強く魅了されていた人だったので、

私たちは会えばお互いに、
描きたい本の話をしょっちゅうやりとりしていました。

彼女は、
映画のコピーライターになる方法も書きたかったし、
中篇小説も書きたかったし、

いちばん最近だと、
病床日記を書いて、
その印税を子供癌患者のために
寄付することも望んでいました。

去年の今ごろ、
スペイン、サンティアゴから
私が送ったハガキを見て、

彼女は、

 自分も健康が回復したら、
      その道を歩いてみたい、


と、
言ったことがあります。

私が、

"サンティアゴ旅行記が4月に出版されるから"

とウソをついたせいで、

1ヶ月余り前、電話で、

 さっさとサインして持ってきて〜!

と言った彼女の声が
生き生きとよみがえります。


こんなに早くいってしまうんだと、
知ってさえいたら、
もっともっと急いだのに..

彼女からもらったものにくらべて、
何とも、なにもしてあげることがなかった、
無駄な友達である私は、
一歩遅れた後悔で胸を打ちます。

涙でぐちゃぐちゃになった愚かな私を
そのままじっと見守ってくれた
チョ・チョルヒョン代表は、

今日、
私のつまらない本一冊を
彼女の足の上にのせて、
一緒に天国に送ってくださいました。

遠い道のりを行く彼女と、
少しの間でも共にある
旅の仲間になるんだとしたら、

その本は、
この世界に生まれた私の使命を
果たしてくれることになるでしょう。

私の友達、
ジョンスンヒェ、

どうか、
苦しみのないところで、

ゆっくり
リラックスして休まれますように・・・




*****


정승혜 /ジョンスンヒェ

1965.03~2009.05.17。

出生地:ソウル特別市
経 歴:映画社アチム(朝)代表
    シネワールド映画広告デザイナー、コピーライター、マーケティング
    シーンシネ映画マーケティング

人 物:コピーライター、コラムニストとしてより有名な
    ジョンスンヒェは、1989年にシンシネにて、
    映画<행복은 성적순이 아니잖아요>の
    マーケティングを担当して、忠武路(映画の街)と縁を結んだ。
    1991年シネワールド入社後、企画製作理事として活動、
    <간첩 리철진><アナーキスト><達磨よ遊ぼう><黄山ケ原>等を製作した。
    以後、映画会社アチム(朝)を設立して、
    初めての作品でカンヘジョン、チョスンウ主演の<とかげ>を製作。
    2006年大腸癌の宣告を受け、3年間の闘病生活の後、



   ジョンスンヒェさんは、

   イジュンイク監督の映画作品のうち4作品を製作。
      「王の男」(2005)
      「ラジオススター」(2006)
      「楽しき人生」(2007)
      「あなたは遠いところへ」(2008)

    チョンジニョンさん出演作品のうち4作品製作。
      「達磨よ,ソウルに行こう!」(2004)
      「王の男」(2005)
      「楽しき人生」(2007)
      「あなたは遠いところへ」(2008)

  


 



*****

2009年5月、
チョンジニョンさんとグンソクさんの、
映画「イテウォン殺人事件」の撮影の最中、

ジョンスンヒェさんは
5月17日享年44才でお亡くなりになりました。



最後。
グンソクさんの言葉へつづく。







   
by aloetree | 2015-12-29 09:14 | まわりの人たち

정승혜 さんのこと(2)

정승혜 さんのこと

  vol 0
  vol 1





外部の人たちから見たトリオ


"<三国志>の劉備、諸葛公明、関羽を見るようだ”


キム・ドンジュ/ ショウイースト代表)

私は彼らについて映画を学んだ。

イ・ジュンイク社長を含む3人は、
私の師匠であるわけだ。
映画だけでなく人生でも。

映画界から離れようとする時に
勇気をくれたのも彼らだった。

私の転機にはいつも、
彼らは私に力を集中してくれた。

私の映画は、
他の製作会社が企画できない映画を作り出そうとする彼らの
後を追ったも同然だ。

彼らの半分まででも、
真似ることができたらうれしいと思う。

彼ら3人を見ていると、
三国志が浮かんで来る。

イ・ジュンイク社長が劉備、
チョ・チョルヒョン代表は諸葛公明、
ジョンスンヒェ理事は、趙雲、あるいは関羽だ。

映画班として
3年以上を共にする人々にはほとんど会ったことがないが、
彼らは10年を越える歳月の間、同じ船に乗っている。

<ファンサンボル>は彼らの本格的な開始だと見る。

本当にとんでもなく素晴らしい。
彼らは、忠武路で最も光る、企画映画集団になるだろう。


カン・ウソク/シネマサービス監督)

一言でいえば、三人は映画の導師だ。
イ・ジュンイク社長との縁は20年にもなるが、
成功する映画と成功しない映画を見る目が格別だ。

誰も100%当てることはできないが、
すごい能力がある。

彼から、
私の映画が大丈夫だ、という言葉を聞けば、
勇気を得るほどだ。

他の製作者より、
長く残るのではないだろうか。

外貨よりも韓国映画に集中すれば
息の長い製作者だ。

そして私は、
彼は監督も上手くやるだろう、と昔から思っていた。

<ファンサンボル>が
それをを証明してるんじゃないのか。

ジョンスンヒェは、
彼女が<幸福は成績順ではないでしょう>
のコピーを書いたときに、初めて会ったが、

なかなか付き合うのが難しいキャラクターだ。

天才だ。
天才。

企画能力にしても、コピーにしてもとても非凡。

もしジョンスンヒェが去ってしまうとしたら、
シネワールドが滅びるのは明らか。

私は普段は、
コピーライターやらそういうのは信頼しないんだが。
ジョンスンヒェはちがう。

<妻失脚>。
これらの映画もすべて、彼女がコピーを選んだ。

ジョンスンヒェが私の仕事を助けてくれれば、
それは全部大ヒットだ。

他の人の場合、
みんな"代案"を持っているが、

ジョンスンヒェには、
"代案"はない。

チョ・チョルヒョン代表は、
個人的には詳しく分からないが、馬鹿正直さがすごい。
一言でいえば、おとなだ。

企画したものを見ても、
すごいアイディアマンという気がする。

全く、私心がない人のようだ。

映画をみて判断する能力にも優れ、
企画能力も優れている。

どうであろうが、
彼らのうち1人でも抜けてしまったら、
シネワールドは持ちこたえることができないだろう。



シムジェミョン/ミョンフィルム代表)
映画界に入ってきた草創期から三人に接してきた。
イ・ジュンイク代表は、
私がソウル劇場に入社した時宣伝部長だった。
彼から映画に関しとても多くのことを学んだ。

シネシティ時期にも、
マーケティングでとても多くのことを実らせた。

シネワールドは、
韓国映画界において、特別な存在という気がする。

製作をすることにおいて、
処理方法がほかの人々と異なる。

一言でいえば、
"正面突破意志"だ。

イ・ジュンイク代表の言葉にあるように、
彼らは有名監督を迎えたりしないし、
お金で、映画や人をとらえない。

その上、すべての映画の企画は、
シネワールドで自主的に企画したものだ。

外部の監督や
プロデューサーが持って来たアイテムを活用しない。

彼らの正面突破境地の極限は、
製作者が監督となったことじゃないだろうか。

3人の、
10年超えて同じ釜の飯を食べて、
忠武路(チュンムロ)を守ろうとそる人間的信頼は、
確かに普通ではない。

クラシックなスタイルだが、
自分たちの考えと努力だけで
状況を正面突破する姿を見ていると、
驚くし、うらやましい。

いつかイ・ジュンイク社長が
「お金のために映画をする」と話すのを見たことがあるが、

私は、
そうじゃないんだろうな、と思っている。

24時間ずっと映画に関する話をしているのを見てもそうだ。
自分の金で映画の輸入と製作をして苦労する姿を見てもそうだ。

本当に映画が好きでなければ、
喜んでいるのでなければ、
あんなことは不可能なことだ。

だから、
彼らは私たちの映画界で特別で大切な存在なんだ。







*****
by aloetree | 2015-12-28 18:12 | まわりの人たち

정승혜 さんのこと(1)

ひとつ前の
日記
にも書いたけど、

私の中では、
リンクする部分がたくさんある、
グンソクさんとスンヒェさんです。





私の場合は、

チャングンソクそのものに、
近く近く接近して、
そのものずばりを
直接的に追いかけたり、働きかけたり、
声を届けたりするよりも、

距離をおいて、できるだけ遠巻きに、
間接的に、迂回したり、
チャングンソクをとりまく全体像を
拡げるだけ拡げて、観察する方が

胸が躍るというか、
ワクワクハンパないし、
自分の性分に合っているようで。




そんな私と、
同じような感覚の方が、
万が一、いらしたらば、

どうぞ、
熟読してみてくださいね。




長い!
地味!
グンソクさん話ほとんどない!

(vol 3 にグンソクさんのカケラがぽっちり)

ですけどもwww

















정승혜さん。

読み方を勝手に
ジョンスンヒェ、としてあります。






*****

シネワールドトリオ
イ・ジュンイク・チョ・チョルヒョン・ジョンスンヒェ




元記事
元記事
2003-10-31





まあまあ、、では、
シネワールドトリオを防ぐことはできない!



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封切り最初の週末だけでも
全国で90万人を越える観客を動員した<黄土ヶ原>は、

「史劇を通じて現代の政治構図を痛烈に批判している」
という好評から、
「地域感情を刺激して、コメディとして一つも笑えない」
という批判まで、相反した反応を得ている。

この映画に関する論議の中でも、
ひとつだけ一致している評価は「ちがいがある」という点だ。

既存のコメディとは
相異なった出発点と結末を見せるという言葉。

この差別性の根底には
<간첩 리철진> <達磨よ遊ぼう>等、
色合いの明確なコメディをつくった、
シネワールドという製作会社が存在する。

シネワールドのこの独特の色は、
イジュンイク社長、チョチョルヒョン、
前の常務、ジョンスンヒェ、から成るトリオの
10年余りにわたる幽玄なチームワークがつくりあげた産物だ。

11年間、同じ釜の飯を食い、
屈することなく忠武路(映画の街の代名詞)
を守ってきたシネワールド3人衆を紹介する。


「だけど、、、シネワールドの映画はどこか違う」
忠武路の人々は、一様にこう語る。

イジュンイク、チョチョルヒョン、
ジョンスンヒェのトリオを個人的に知っていようがいまいが、だ。

彼らの代表作といえる、
<간첩 리철진> <達磨よ遊ぼう> <黄土ヶ原>だけでなく、

<키드캅> <アナーキスト> <恐怖タクシー>
のような"失敗作"までも企画した側面からみると、
非常に独創的である、といえる。

<神聖な血> <ベルベットゴールドマイン>
<メメント> <ヘドゥウィク> <ゼネラル>等、
輸入映画の品揃えもまた、
そんなシネワールドの色をより一層目立たせる要素だ。

あえて説明しようとするなら、

個性ある映画を尊重し、
流行に便乗することなく、
笑いのなかにも重たいなにかを込めようとする、
といった感じで分類される、これらの映画の色彩は、

性格も、背景も、志向するところも、
それぞれに違うトリオたちの幽玄な交流の中から出て来るものだ。

だから、この「色彩の配合」を理解するためには、
3人それぞれの個人史を把握する必要がある。




映画広告デザイナー、字幕翻訳者、そして広告コピーライター


イ・ジュンイク)
東洋画専攻。
1985年学院社の<主婦生活>デザイン アルバイト。
1986年学院社の他の雑誌<女性自身>の編集長だった
이세룡監督が、ソウル劇場企画室長に移動するにあたり、
宣伝部長兼デザイン担当として、ソウル劇場入社。
1987年映画広告代理店シネシティ創立。
1992年映画製作・広報・輸入・配給会社"シネワールド"設立。
全1500余編の映画広告に参加。


ジョンスンヒェ)
劇団"테멘"に勤務し、
1989年シンシネに入社。
1991年シネシティ入社。
1992年シネワールド企画室長。
1200余編の映画コピーおよび広報。


チョ・チョルヒョン)
英文学専攻。
放送会社プロデューサー試験9回不合格。
1987年韓国映画配給株式会社入社。
1991年オープンシネマ企画室長。
1992年シネワールド理事。
2003年タイガーピクチャーズ設立。
800編余り外国映画字幕翻訳。


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大学で東洋画を専攻したイジュンイク社長は、
あらゆる職業を転々とした。

政府総合庁舎から日用品商売まで
彼が経験してきた職業は数十種類にのぼる。

結局"生活のために"、
ある雑誌のデザインをしたことで、彼の人生は変化し始める。

同じ会社から出版している、他の雑誌の編集長だった
이세룡監督が86年ソウル劇場企画室長となり、
イジュンイクを宣伝部長兼デザイナーとしてスカウトしたのだ。

まだマーケティングが分業化されていなかった時期、
彼はポスター、新聞広告、ビラまで作って、
映画に関することを全般的に悟りはじめた。

イ・ファンリム監督から学んだノウハウに
若いマインドが結びついた彼の新鮮な感覚に噂がたち、
대한、명보 といった他の劇場からの仕事を請け負うことにもなった。

1987年、今はシネラインⅡの代表である
ソク・ミョンホンさんとともに、
映画広告代理店シネシティを準備したイジュンイク社長は、
一時は市場の80%を占有するほどに強力な勢いを誇った。

「ある年には、秋夕の時期に、
 封切り作7編のうち、6編を私がデザインした」

ソウル劇場の頃から、
シネワールドを整える時までに、
彼が処理した映画館は全1500編を超えた。


チョ・チョルヒョン、タイガーピクチャーズ代表
(前シネワールド常務だった彼は、最近独立したが、
実質的にはシネワールドとずっと共同作業している)は、
1987年韓国映画配給株式会社に入社。

入社の後、彼に初めて任せられたのは、
輸入映画<クロコダイルダンディ>の字幕の最終作業。

最初の字幕は、在米同胞が翻訳したせいで、
字数が字幕で消化できる範囲を超えており、
どこかぎこちないものだった。

オーストラリアの、
クロコダイルハンターが主人公ということで、
英語のスラングも飛び出すものだったが、
その味わいもきちんと生かされていかなかった。

主人公は、
"Don't Worry"でなく"No Warry"といったが、
私はこれを"心配するな"でなく"心配ご無用"と翻訳した。

全羅道地方の生え抜きの言葉使いのチョ代表らしい行動だった。
この字幕の反応は良く、彼には継続的に仕事が入るようになった。

会社を移る渦中にも、
字幕翻訳の仕事だけは手放さず、
現在までに彼が翻訳を手がけた映画は全800編を超える。


1989年、ジョンスンヒェ理事は、
劇団"테멘"で仕事をし、
ノヒョジョン監督などの紹介でシンシネに入社。

<幸福は成績順ではないでしょう>をはじめ、
彼女は広告コピーを選びまくり、
<ベルリンリポート>を最後にシンシネをあとにした。

「会社は製作サイドに糸口をつかんで動き出していたが、
 私は広告サイドを継続したかったので、
 当時最高だったシネシティにうつった」

シンシネからシネワールドまでに、
彼女が携わった映画広告、コピーは1200件余りだ。



シネワールド主要作品


製作映画)
<키드캅/キッズコップ>(1993,ソウル2万1454人)
<スパイ 리철진>(1999,ソウル17万2474人)
<アナーキスト>(2000,ソウル23万6990人)
<恐怖タクシー>(2000,ソウル1万4651人)
<達磨よ遊ぼう>(2001,ソウル130万4200人)
<黄土ケ原>(2003,10月23日までソウル??万名)


輸入作)
<神聖な血>(1995)
<タクシー>(1998)
<ベルベットゴールドマイン>(1999)
<ジェネラル>(1999)
<ナイン ヤード>(2000)
<メメント>(2001)
<ヘドゥウィク>(2002)



2人の天才と1人のヒューマニスト

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彼ら三人が最初に交差したのは、
ジョンスンヒェ理事がシネシティに入社した1991年7月。

当時チョ・チョルヒョン代表は、
オープンシネマという映画会社に在籍していたが、
"シネシティで出勤してシネシティで退勤する"生活をしていた場所だった。

当時シネシティは
映画広告のメーカーというだけでなく、
若い映画関係者の"巣窟"としても有名だった。

あまりにも多くの映画が出入りして、
情報が豊富だったし、

弁の達者なイ・ジュンイクがいたため、
ユ・インテク、アン・ドンギュ、
チョ・ミンファン、シムジェミョンなど、
当時の映画会社企画室に勤める若い映画関係者は、
ここを拠り所として、その豊富な話に夢中になった。

「イジュンイク代表は、
 新感覚の広告人たちにあまりに有名だったし、
 そこへ、文学的な感受性が優れた
 ジョンスンヒェが移動してきたものだから、
 しょっちゅう訪れたものだ」

と、
チョミンファン(ナビピクチャーズ代表)は振り返る。


1992年、
シネシティはシネワールドとシネラインに分かれる。

製作を前に打ち出したイジュンイク代表は
シネワールドをつくり、

広告代行業を守ろうとしたソク・ミョンホン代表は
シネラインを創立して、各自の道に向かったのだ。

シネワールド創立と同時に、
チョ・チョルヒョン代表も結合して、
この"トリオ"の体制が本格的にスタートする。

創立初期シネワールドは
表面的にはずっと映画広報をしていたが、
水面下では、創立作<キッズコップ>を準備していた。

<キッズコップ>は
「わたしたちの子供でも観れるような
 ファミリー映画を観せよう」という
イ・ジュンイク代表の意志が反映されていた。

イ・ジュンイク社長が監督を引き受けることになり、
チョ・チョルヒョン代表が製作室長として参加した。

二人の男が外へ回る間、
ジョンスンヒェ理事は、広告の仕事を継続して、
会社の経営面をサポートした。

ジョン理事の"소녀가장"の役割は、
この頃から<スパイ リチョルジン>をつくる1999年まで続く。

 ※소녀가장 
   幼くして親をなくして家計を支える年若い家長




<キッズコップ>以後、
シネワールドトリオは、本格的な企画作業に突入。

92年<結婚の話>を基点に、企画映画があふれ出し、
その中の大多数がロマンチックコメディだった。

だが、その当時から彼らは、
「わたしたちは違うんだ」と叫んでいた。

昼夜で鉢巻きをしたイジュンイクとチョチョルヒョンは、
歴史のなかに埋もれてしまった、
魅力ある主人公の物語を探し求め、
アナーキスト集団だった義烈団の話を作ることにしたという。

<スパイ リチョルジン>は
<アナーキスト>が諸処の条件があわず、
遅々として進展しない中で思いだしたものだ。

この映画もまた、
人文学的知識が豊富でシネワールドのアイデアの
90%を思い出させるというチョ・チョルヒョン代表の作品。

「何か新しいアイテムを
 準備しなければならない状況だったが、
 ある日、新聞に夫婦スパイ集団事件が掲載されたんです。

 読んでみると、夫は酒に酔って失敗を犯して、
 妻は生理用ナプキンが何かもよくわかっていない、
 ウブで、頭の悪いスパイだったんです」

無邪気なスパイの話は、
チョ代表の頭の中で一段階さらに発展して、
<スパイ リ・チョルジン>につながる。

<恐怖タクシー>は、
食堂で食事中に飛び出してきた映画だ。

前日に<月下の共同墓地>をみたジョンスンヒェ理事が、
「お墓がパカッと分かれて、
 お棺が飛び出してくるシーンは、
 めちゃめちゃ笑えた」と話して、

聞いていたチョ代表が、
「あ、そこでタクシーが飛び出してきたら、
 めちゃめちゃ面白いじゃないか」と
相づちを打ったことからスタートした作品だ。


<達磨よ遊ぼう>は、
いちばん苦労して考えだされたアイテムだ。

最も大変に開発されたアイテムだ。
この映画のアイデアもまた、チョ代表の頭から生まれた。

最初は、韓国僧侶がアメリカに渡っていく設定で、
相異なった文化が衝突する中で穏やかな笑いを生み出そう、
というものだった。

だが、条件上、舞台を国内に移さなければならず、
具体的なアイデアはまったく浮び上がらなかった。

その渦中に<シネ21>にのせられた
"이명석のシネコルラジュ"に接したことは本当に偶然だった。

「이명석さんが、
 "華厳コップ"というタイトルで、
 暴力団の組織が、
 寺に行ってサッカーをする話を書いていたが、
 読んだとたんに、後頭部が鳴った」

すぐさま走って行き、
이명석と契約したのは当然の成り行きだった。

<黄土ケ原/ファンサンボル>の開始は
97年までさかのぼる。

当時、大統領選挙の局面をむかえて、
DJを支持していたチョ代表は、周辺の人々に
「今回は一度、成し遂げなければならない」と
説得をしてまわった。

この過程で、
友人たちと戦ってまでしまう自分の姿をみて、彼は、
「どうして自分はこうなんだろう」と自分が情けなくなったという。

この地域感情の問題を思い起こして、彼は、
遠い過去の話を通して、これを提起するならば、
負担も大きくなくて大丈夫だろう、と考えたのだ。


このように
チョ・チョルヒョン代表の頭の中で始まった企画アイデアは
イ・ジュンイク社長に移って、さらに具体化されて生々しくなる。

つまり、チョ代表が概念を投げれば、
イ社長はこれを文章で、映画的場面として作り出すのだ。

このように具体化された映画は、
ジョンスンヒェ理事の、
動物的で感覚的な文面に力づけられて大衆の中に食い込むことになる。

<黄土ケ原/ ファンサンボル>に参加した、
パク・チュンフンは、彼らトリオをさして、

 2人の天才と、1人のヒューマニスト集団

と称した。

誰も想像できないアイデアを出すチョ代表と、
"地上の天才"ジョンスンヒェがつくりだす感覚的な広告コピー。

そして、
彼らを人間的に包容するイジュンイク代表の
チームワークをついたのだ。

キム・ドンジュ(ショイストゥ代表)によれば、
「イ・ジュンイクは豊富な経歴と人徳、
 チョ代表は非常なアイデアと人文学的教養を持っている。
 ここにジョンスンヒェ理事は、
 優れた能力だけでなく冷静さをもって、
 ほかの二人が完全に身動きできなくしてしまうパワーがある」
と話す。

だから、
シネワールドが「映画企画の名家」になったのには、
それぞれ異なる長所をもったトリオの
絶妙のチームワークがあったのだ。



シネワールドトリオが語る、企画の5戒律


1)新しいものでなければやらない

他の人々ができることをするな。
似たようなテーマの映画をはさんで、
先に始めたのは私たちだ、なんだ、と争いたくない。

他の人々が
10年内についてくることができるようなアイテムはするのをやめよう。



2)私のライバルは全国民だ

上手くいっている他の会社は
私たちのライバルではない。

数多くの大衆を、
刺激して、楽しくするのが肝心な部分だろう。

映画界の中で戦うことには意味がない。
私たちは全国民の中で競争する。



3)先に確実なコピーが出てこない映画はやらない

人々にどのように伝えられるかもわからない映画はダメだ。
すっきりしたコピーが出てくるような
明快なコンセプトが先に存在しなければならない。

なぜ作るか、何を作るか、どのように作るか、
これを先に確立しなければならない。



4)幸せになるために映画を作ろう

参加するすべての構成員が
幸せにならなければならない。

映画の興亡成績の盛衰からは離れて、
会社や現場の雰囲気が楽しくて、
興が沸くものでなければならない。



5)お金が映画を作るのでなく人が映画を作るのだ

映画には2種類の価値がある。
経済的価値と文化的価値。
これらのバランスが取れているように判断しなければならない。

お金を儲けるためだけにに企画された映画は、
一時的に成功するかもしれないが、決して長引くことはできない。




映画界の主流?世の中の主流!


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企画力という点で、独歩的だからといって、
彼らが常に常勝疾走したわけではない。

まず、上海で全撮影された<アナーキスト>は、
ドラマがテーマのスケールをつかみ出すのに失敗したし、

B急映画でも、
それなりの商業的成功を収められる、
と示そうとした<恐怖タクシー>は、
全般的な含有量が落ちる結果をかもした。

この二つの作品は、彼らにとって、
結局いくら企画が独創的で特異であっても、
大衆が消化できるように表現できないならば、
企画さえも色あせてしまう、というるという教訓になった。


特に<恐怖タクシー>の失敗は、
シネワールドにとって大きな打撃だった。

シネワールドは当時投資家がおらず、
<タクシー><ナイン ヤード>等作品からの、
外貨で稼いだ金を基に、この映画を製作したが、

回収できたのは、
総製作費13億中わずかに1億ウォン程度に終わった。

結局途方もない借金が重なり、
会社は大きな危機に陥った。

ここに泣きっ面にハチで、
海外で600万ドル外貨パッケージを持ってきたが、
大きな損失だけを残した。

30余億ウォンを稼いだ<達磨よ遊ぼう>がなかったならば、
シネワールドは今日まで存在していなかったかもしれない。

相変らず30億ウォンを越える借金を
残している状況の彼らにとって、
<黄土ケ原/ ファンサンボル>の成功は、
日照りに恵みの雨のような存在であるわけだ。


このように、
シネワールドが
持続的に借金に苦しめられるようになったのは、
明らかに、経営上の失敗、映画製作失敗など、
自らの誤りに起因したのが事実だが、

シムジェミョン(ミョンフィルム代表)の言葉のように、
"正面突破意志"の結果でもある。

他から資本を引っ張ってきて仕事をするより、
最大限自らの力で処理しようとする態度がなかったならば、

シネワールドは、
借金を負うこともなかっただろうが、
<達磨よ遊ぼう>や、<ファンサンボル>のような、
馬鹿力全開の成功もまた成し遂げることができなかっただろう。

だから<ファンサンボル>で、
これまでの借金を全部清算できたとしても
(全国400万人以上の興行があってこそ可能な話だが)、

シネワールドが、
今後、再び、いかなる"正面突破"を行うかもわからないのだから、
彼らの真の"安定化"は、はるかに遠い話かもしれない。

「3~5年前に企画したアイテムが、
 徐々に出てくる時期であるから、これからだ」

というジョンスンヒェ理事の言葉通りならば、
また変わってくることもあるだろうが。

シネワールドを見ていると、
保守的という感じがするのも事実だ。

シネマサービスの系列会社を除けば、
地理的な意味で、ほとんど唯一、
忠武路を守る最古参になってしまったという点でも、

製作・映画輸入・配給を
全部引き受ける、というスタイルでも、

巷にあふれるファンドを元に作る、
ということをしないスタイルから考えても、

もしかしたら、彼らは、
過去志向の組織なのかもしれない。


このような点に対して、
イジュンイク社長は、逆に、

「私たちは過去志向でも、
    未来志向でもある」と説明する。

忠武路の旧世代のもとで育った、
ということを否定せず、

反対に、
その遺産を継承する中で現在に臨む、
という意味だ。

彼の話は、
彼らトリオの全員が同意するものでもある。

だから、この言葉が事実だとすれば、

シネワールドは、
旧忠武路(チュンムロ)と
現在の忠武路の間の結び位置にある、

ということだ。

「今はだれもが、
 お金が映画を作る、と考える雰囲気だ。
 
 私たちは、
 今広まってしまっている資本の論理や
 金融の論理に、従うつもりがない」

という主張にまでたどり着くと、
彼らの色は、明らかだ。

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もう一つおもしろい点は、
彼らトリオのうち、
誰ひとりとして、映画狂出身でないという事実だ。

もちろん、
"映画界に入って以来、
映画以外のことを考えたことは一度もない"
という彼らだが、

自分たちを
シネフィルの殿堂の中に落としたことがないので、
本質的に映画とはある程度距離をおくほかはない。

イジュンイク社長は、
「映画との距離感は、
 映画界に入ってきた当初から、ずっと、
 一度だって縮まったことがない。

 だから、わたしたちは、
 決してマンネリズムに陥ることがない人間」

と力説の論理を展開する。

彼らの論理を総合すると、

映画の仕事をするのは、
自らの満足だけを大切にするからでも、
お金儲けのためだけでもない。

ということだ。

彼らの今後の映画の予定は、
都会にでてきた僧侶たちの物語を描く
<達磨よ遊ぼう2>と、
お笑い強迫時代を風刺する<コメディ クラブ殺人事件>等。

ここからも、
彼らが行っていこうとする路線を
はっきりとつかむ事が出来る。

大衆が反応し、
何かのメッセージが存在して、
笑いが豊富、

つまり、
良い大衆映画こそが、
このトリオが渇望してやまないものだ。

ここまでくると、
「シネワールドが、
 現在の映画界の主流でない、と、
 誰かが話してたとしても、仕方がない。

 その代わり、
 "わたしたちは世の中の主流"
 っていえるんじゃない?」

という、
イジュンイク社長の豪放なコメントも理解できる。

すでに、彼らトリオは、
お互いにもう少し独立性を付与する訓練をしている。

チョ・チョルヒョン代表が、
タイガーピクチャーズという映画会社を作り、

イ・ジュンイク監督が会社の中よりも
作品活動に没頭しようとしており、

ジョンスンヒェ理事が
外部の仕事にも時々参加しようとするのは、
そのような雰囲気から出る行動だ。

だとしても、
何か大きく変わることはないだろう。

タイガーピクチャーズが、
シネワールドの道の向かい側に位置する、
という事実からもわかるように、

彼らは相変わらず、
企画をつくって具体化させた後、
しびれるように知らせるためだ。

結局、10年後には、
このトリオが忠武路を変えるのだろうか?

それは分からないが、
確実な点が一つある。

彼らは3人は、

2013年にも
忠武路の裏路地のビアホールで映画を企画する、

と言って、

相変らず休みなく
話に花を咲かせている、ということだ。





    


   → ジョンスンヒェさんのこと(2)につづく。
by aloetree | 2015-12-28 18:12 | まわりの人たち

정승혜 さんのこと(0)

チャングンソクを通して、
知るようになった人たち。

本当に
たくさんいるけど。

なかでも、
私にとって、

印象深さが格別で、
スペシャルな人は二人。




お一方は、
これまでにも、
しつこくしつこく書いてきた、
写真作家 Zo Sun Hiさん。


もう一人、
スペシャルな存在感で
強烈に忘れられない人は、
정승혜 さん。






グンソクさんの
インタビューを
翻訳する作業のなかで、

一時期やたらと、この、
정승혜/ジョンスンヒェさん、
という方の名前が目についた。


「イテウォン殺人事件」
関連のインタビューで、

グンソクさんは、
ほとんど毎回
「故・정승혜/ジョンスンヒェさん」
という名前に触れていた。

「お?
 なんかグンソクさんが口にする、
 この名前に強調を感じるなー」


と。

もちろん、
これは私がそう受けとっただけで
真実はわからないが。
そんな雰囲気を感じて、

そこから、
この方の言葉を探して読むようになり〜、


だんだんと、

スンヒェさんの物言いを読むと、
グンソクさんが思い浮かび、

グンソクさんの言動を見ると、
スンヒェさんのことが浮かぶようになり〜、、


二人の間にある関連性を
勝手に感じるようになり〜、、、


結果、

スンヒェさんは、
私にとっても、
スペシャルな存在になってた。



ブログの区切りの日記を書くときは、
絶対に"スンヒェさんとグンソクさんのこと"。


と、これはもう、
何年も前からずっと決めていた。



私は、
地味で、マニアックで、
協調性に欠け、方向性も微妙な気がするので、


自分が
格別に思う存在である、
スンヒェさんの言葉を、

ほかのウナウナ様方が、
どうお感じになるか、
ちょっと想像がつかないけど。


私にはぴったりだと思う。

ジョンスンヒェさんとグンソクさん。
地味地味なこのふたりに関する日記。ほほほ。






まず、
スンヒェさんの記事を
3回にわけて。


そして最後の最後に、

非常に個人的で親密な表現で、
スンヒェさんのことを語っている、
グンソクさんの素敵な言葉を紹介。
by aloetree | 2015-12-28 18:11 | まわりの人たち
今日このほかに、
あと3つ。

んで、今年のうちに、
あともう少し日記を書くのですが〜。

(へ?っていうくらい、
 今の流れからずれた、
 しかもグンちゃん率の低い、
 地味な内容ですが〜)






ひとまず、

いつも
読んでくださっているウナウナ様へ。

2015年もありがとうございました。



なにより、
だいすきなチャングンソク様に、
届かなくていいけど、
雄叫ぶだけは雄叫んどくwww

ほんとうに
ありがとごじゃいました。

今年もやっぱりだいすきで、
そのまま今日もやっぱりだいすきなので、

来年の今頃も
おんなじようなこと思ってる気がします。

気が早いなっ
あろえの未来予想図www

wwwとか書きつつ、
実は今泣きながら書いてますwww
最近、こんなんばっかりやー









来年から、
この日記ブログ。
ちょっとマイナーチェンジ。

まだまだ翻訳しかけて途中の、
古い時系列の記事、動画などを
ゆるゆるマイペースで作業して、

出来上がったものから、
ひっそりそっと過去の時系列の中に
アップしたり。

友人の韓国の方々のブログ翻訳なども、
今頃かよっ?!的なペースで、
過去のページのどさくさの中にアップしたり。

アップといっても、
数ヶ月単位だと思うので、
外からみたら時が止まったも同然。
新しいページの更新はないし。




 
 ウナギです ←ココ大切










うまく書けないかもしれないし、
自分がどこかズレているような気もするので、
書こうかどうしようか迷ったのですが、、、

いつもよくしていただいた方々に
一区切りのご挨拶をさせていただきたくて、
ここを書いてます。

普段ひねくれたことばっかり書いてますが、
今日はできるだけ素直に書きたいと思ってます。
けれど、
素直素直してると
ドラマチックに浸りこんで、
異常な長さになりそうだから、
ある程度は自制しつつ・・・とか、
考えがグルグルしてるので、
結局ちぐはぐなものになりそうな予感ですが。
それは私の心の乱れってことで堪忍してください。








来年からしばらく、
気持ちを集中していこう、と、
新たに思うことが、でてきました。


(蒲焼き…とかではなく。
 生活や仕事の面のお話です。
 たいして忙しくなるわけじゃあないです。
 ただ、予測不能なことなので、
 気持ちの余裕がなくなることが増える感じ)



本当は、
しばらく前からそうする必要があったのですが、、、

このとおり、
グンソクさんのファンで、
グンソクさんのことを
アレコレやってる時がなによりも楽しい。

だから、
どうしても気持ちが散漫になり、
だんだんとどっちも中途半端になってしまう。

このブログを通して、
私の性質をご存知の皆様は
お見通しのことと思いますが、

わたしは異常なほどに
粘着質で猪突猛進で、思い込みの強い性質です。
(よく考えたら、全部似たような意味だわ)


同時に、2つ以上のことを、
自分が納得いくようにやることが
とても難しかったです。


こんな趣味レベルのブログですが、
ひとつひとつのページに、
すごく時間がかかってしまうし、
すごくエネルギーを投入してました。

本来は、
好きでやっていることだから、

時間がかかろうが、
徹夜になろうが、
読んでる方が少なかろうが、
たまに書き込まれる、
怖い系コメントに、ハテ??となろうが、
老眼が加速し放題だろうがw、

このブログを
好きなようにやれること、

それだけで、
ふくふくと満足だし、
しあわせなのです。


が、最近は、
どんくさい性格のせいで、
あちらもこちらも中途半端になってしまって、

(まっさきに、犠牲になったのは、 
 チャングンソクの"作品"を満喫する時間。
 このままだと、2016年疾走するであろうキラキラグンソクくんの、
 仕事や作品を逃すことになってしまうんじゃないか、という危機感)


ああ、
このままだと全部ダメになっちゃうなー、
一度、一区切りつけないとあかんなー、

いよいよ、
そんなふうに考えるようになりました。



とか、
くどくど考えつつも、

どうしても、
踏ん切りがつかなかったのですが、


先日参戦した、
TEAM Hのハロウィンパーティーの日と、
Live In JAPAN の最終日。


今も耳にこだまする、
「ありがとう2015」
というグンソクさんの雄叫び。


あれを聴いて、
わたしは非常に勇気づけられました。
叱咤激励された気分というのでしょうか。


いろいろ
変わってしまうことを考えると、
淋しくてぶれてしまっていたけど、

あの2日間のおかげで、

個人的な生活の部分では、
もっぺんがんばってみよう・・・

と思ったし、

ウナギ的には、
リアルタイムなスピードには、
ついていけなかったとしても、
自分のペースでチャングンソク応援してみるべ・・・

と、
腹におとすことができました。


こんなふうに自分のことに対する私の考え方に
希望的な変化をもたらしてくれたのは、
チャングンソクさんの存在の力が大きいです。

ここ数年、かなりダウンしていたのですが、
グンソクさんを追いかけて、観察して、ゲラゲラしているうちに、

いつの間にか、私自身も、
もう一度がんばってみよう、と思うようになってました。
数年前の自分からしたら、びっくり仰天な変化です。

その一つだけをとっても、
心から感謝しています。
グンソク大親分ありがとう∞。







とても利己的に
聞こえるかもしれへんけど、

そして、
100%個人的な考え方にすぎませんが、


わたしにとって、
いちばん大事なのは、

チャングンソクが
いわゆる世間的な成功をすることでもなく、
チャングンソクがしあわせになることでもなく、
チャングンソクが人気者になることでもなくて、

単純に、

自分のきもちが
チャングンソクの作品を好きであること。です。


そもそも、
最初にファンになった頃は、
それしかありませんでした。

経歴も
インタビュー記事の山も、
人気がどう、とか、も、
少々変わった子だってことも、
人柄も、興行成績がどうか、とかも、
たまに痛い扱いを受けておる、ということもwww

そんな背景事項なんか、
ひとつも知らん。

ただ、
作品をみて、

 おお。
 好きだ。
 発見。
 観るべ。


それがスタートラインで、
それだけで充分にファン。

今さら、
そこまでピュアピュアに
戻るのは絶対ムリだけどwww


でも、
せっかくの2016年!!!

世間的に成功しようが、
失敗しようが、

今の時点の自分を全開にして
疾走する予感満載のチャングンソクの
貴重な時間と仕事を観る時間を
(ウナギ的ワタシの部分では)最優先にしたいので、


リアルタイムで追うことはあきらめて、

のろのろペースで、
本当にとぼとぼペースで、

「作品を観るしかしない」、、、
みたいなペースで、やっていく予定です。




余談ですが。

・・・ここらへん、
友人の韓国ウナギに話したら、

(ちなみに、彼女たちの大半は、
 応援=ポチ派!検索率アップ派!
 イケイケドンドンっ派!ですw)

二人から、

「あんたは頭がおかしい」って。。。
「考え方が甘い」って。。。


アンタハ・・・
アタマガ・・・
オカシイ・・・


とは。。。。
なんだとーーーっ!!!


って感じでしたがwww


さすが、
ナイスで男らしい彼女たち。

結果としては、

まー。
それもまたそれだよね。
そもそも全然ちがうんだし。
わたしはわたしのやり方しかしないし、
あなたはあなたのやり方しかできないだろうし。
自分には自分のやり方しかできないんだから、
お互いにそれをやるんだよ。
それこそ、
チャングンソクのファンなんだから、
自分を大事にしなきゃー。
ってか、グンソク自体がまんまそうだし。
ゲラゲラゲラwww
えいえいおー!!

みたいな話をして。


おお。
それって、まんま、
ゲシュタルトの祈りじゃないかー!!!

と、
意味不明な感動を
もたらしてくれました。
ブラボー韓国の友人たち。

  ゲシュタルトの祈り
   わたしはわたしのことをやり、
   あなたはあなたのことをやる
   わたしはあなたの期待に応えるために
   この世に生きているのではないし、
   あなたはわたしの期待に応えるために
   この世に生きているのではない
   わたしはわたし
   あなたはあなた
   もしも縁があって、
   わたしたちが出会えたのならそれは素晴らしいこと
   出会えなかったとしてもそれもまた素晴らしいこと






予想どおり、
あっちゃこっちゃ千々に乱れて、
船酔い気分になってきました。

2016年。
のろのろとぼとぼ。
遠距離から無意味に。
今以上にひっそりじっとりねっとり。

なんだか、、、
わたしの気質にぴったりかもしれません。







ほんとうにありがとうございました。
ウナウナ様。


しかし、
正直いうと、

今のわたしが
「ありがとう」と感謝してる人は、
実は、チャングンソクだけだったりする気もします。

チャングンソクはデカいんです。
わたしの中で。


もひとつ
正直いうと、

世界でいちばん好きなブログは、
じぶんのこのブログですwww

たのしかった。


ひとを好きになって、
そのひとのことをきゃあきゃあと、
やりたい放題書いて、

それでもって、
書いてる本人のわたしが、
ホクホクにしあわせだった、という。

ひとをすきになって、
すきになったっていう、
そのこと自体から、
ええ贈り物をもらってたんやなー。

今日までずっと。



グンちゃん
ありがとうー。
by aloetree | 2015-12-28 18:10 | あれこれ

夢の話。

チャングンソクの言葉で、
「夢」に関するもの。



言いたい放題
好き勝手書くと、

チャングンソクが
夢について語る言葉を

"文字"だけで
一見して追ってみると、

最初の印象としては、
まあ、なんちゅーか、

非常に、、、、よくある、
ありふれた言い回しだったり、

いかにも、、
な雰囲気の言葉ばかりだなあ、

と、
なってしまうんですが。
(わたしの場合)



ところが、

ファンとしての、
この何年にもわたって、

そのひとつひとつが、
非常に心に刺さる言葉、
とても印象深い言葉、

というと、
まず浮かんでくるのが、

チャングンソクが
語る「夢についての言葉たち」で。
(わたしの場合2)


なんでだろう???

と、
不思議だったんだけど。





もしかしたら・・・

「じゃっかん青くさい〜」
とか、上から目線で感じてしまう私は、

なんとなく、
自分の力で夢をみることを放棄していて、
頭で考えているだけだから、
そんなふうに捉えるのかもなー。

夢をみることって、
そもそもきっと、

とても単純で、
青くて、生っぽい感じのことなんだろうし、

そう考えると、

夢について語るときの、
チャングンソクから伝わってくるものって、

いつだって、
ただただ素直でまっすぐな空気だよなー。


etcetc.

最近、
あらためて、

謎が解けた気分になったので、
集めてみました。

「夢」についての、
チャングンソクの言葉たち。






自分の夢であれ、
他者の夢であれ、

夢の力、
夢みることの力、

というものを、

本当に、
信じていて、
でも信じられなくなることもあって、
もう一度信じようとして、再び信じて、

本当に
願って、
日々考えていて、

本当に、
大切にしている。

夢についての、
リアルな感覚を自覚している。

だから、
その言葉には、

実感がこもっているし、
力がある。

メッセージとして、
すとーん、すんなりー、
と、こちら側の心に伝わってくる。

チャングンソクが大切にしている、
夢みることの力、そのものまでもを、
こちら側に伝播してもらったような感覚を覚えるんだなー。



チャン教授の講義を伝えてくれた、
micriさんの後記 ※ のなかでも、
なんども伝えられていた言葉。


夢。





過去のあちこちから、
蒐集しながらの結論。

ほかの人が夢をみる力を信頼していて、
ほかの人が夢をみることを応援したくて、

自分自身の
夢をつくりだすことに不屈の精神を傾けている人だなー。

んで、
その言葉から伝わってくるエネルギーみたいなものは、
ずっと同じだなー。


そんな感じ。

チャングンソクは、
わたしにとってそんな感じ。
(まんま、わたしの場合)













*****




まずは、
2008年頃。
TVインタビューより。

「夢というものは、
 絶対に成し遂げるために存在する、
 というよりも、

 夢をただ夢みるだけでも、
 その人の生活を変えることができるということ、

 そういうことが、
 夢みることによって可能になるんだろうと思うし、

 そして、

 情熱というものは、
 変わることのないもの、
 それが情熱なんじゃないか、と思っている。

 そういうものを忘れて生きていても、
 ある瞬間、その情熱を、
 自分でも思いがけない形で、
 ハッと発見したときには、
 本当に胸のなかに火がついたように、
 パァっと燃え上がるものなんじゃないだろうか。

 そんなふうに、時間がたっても、
 絶対に忘れてはならないもの、
 ではないかと思います。

 あとから
 後悔しないようにするには、

 今、本当に、
 その情熱を成し遂げるために
 努力しなければならないんじゃないだろうか」








2008年・・・夢





2010年・・・夢翼をつける/ メッセージとともに




2011年・・・夢というものは

 同様の日記/ 被災地のこどもたちへ




2012年・・・みなさんの夢を応援してます

 同様の日記/ グンソクさんの言葉 / Cri show 2 in Yokohama




2012年・・・LIVE THE DREAM

 同様の日記/ PLANET DREAM「夢見る人に失敗というものはない」




2013年・・・最高の夢




そして。
2015年12月19日。

micriさん
「チャングンソク分ちあい教授の講義を聴く」
より。
by aloetree | 2015-12-25 11:46 | 親分のメッセージ
クリスマスともムギョルとも
なんの関係もない日記だけど、

うちのお気に入りの彼を紹介しますwww









まずは、
テギョン終わってホッと一息チャンの日記。

 40代の記者が書く。
  「美男ですね」終了後/ JKSインタビュー後記。





上の記事で、
40代男性記者さんが書いてらっしゃる・・・
 「百想芸術大賞での衣装も4次元的でした。
  多くの人の目を疑わせてしまうほどでした!」に関する日記www

 2009年第45回百想芸術大賞。噂の男。

   ↑
  わたしゃ、この日のグンソクチャンにメロメロよー✨




4次元の男に賞プレゼントされた、
巻き込まれ事故的なカンジファンさんwww

 カンジファンさんとグンソクさん。




たぶん、これもある意味、巻き込まれ事故。
4次元の男スタイルで、語られちゃったキムミョンミンさんwww

 チャングンソク、キムミョンミンを語る。

















人間的に
こげに可愛げがあるなんてwww

グンソクチャン。
うらやましいわ。





2015.12.24
嫉妬でメラメラのあろえ日記。



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@momo_nyaaao様んちのサンタグンチャンス
by aloetree | 2015-12-24 11:26 | あれこれ

JKSさん酔狂。


by aloetree