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過去へ〜〜。

韓国の記者さん個人のブログより。
2007年、映画「楽しき人生」のころ、グンソク氏とお酒を飲んだあと
の日記です。。。


チャン・グンソク、"ゲイじゃないよ!"

2007/08/28

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(写真出処=チャン・グンソク ミニホームページ)


最近イ・ジュンイク監督の映画'楽しき人生'マスコミ試写会に行ってきました。

私が今からしようとする話は、映画についての話ではないよ。

チャン・グンソク君が出演した映画を見た後、
過去にグンソク君と酒一杯傾けた時のことが思い出されて書き散らしてみます。

昨年晩秋の頃、チャン・グンソク君に会いました。
所属会社と懇意にしていて、インタビューを兼ねてグンソク君と彼の所属会社
の方たちと一緒とワイン一杯を傾けることになりました。

とにかくこの日、写真撮影を先に終えた後三成洞(サムソンドン)にあるワイン
の店まっすぐ向かいましたよ。
席を占めて座ってあれこれ話をしていると、グンソク君が携帯電話を取り出して
おいたのです。
その当時、私の周囲マネジャーの方たちと芸能人がよく使っていた'モーターピリ
ル'社のレーザーフォン(?)でした。

レーザーフォン中でも唯一、多くの女性たちの愛をたっぷり受けた
'ピンク レーザー'!!!!!!!!

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酒に酔っていたが、彼の携帯電話がピンクレーザーフォンなのを見て、一瞬素面
に戻ったのです。
ひょっとして彼は‘少数人権者ではないだろうか?’そんな疑いを持ちましたよ。

顔も女よりさらに美しくなって、皮膚はまた、どうしたら、こんなに白くて子供
のようにすべすべになるのか。

美しい男なのでより一層疑いを持ってしまったんです。

それで率直で直接的なせいで、ちょくちょく失敗してしまう私は、
「グンソク氏携帯電話…ひょっとしてゲイ?』といって疑いのまなざしで遠慮な
く尋ねました。

私の性格ける。
後から考えると、もうすこし遠回し、礼儀ただしく、話したらもっとよかったの
に、と後悔したりもしましたよ。

グンソク君は、私の話を聞いてすぐに携帯電話を開くと見せてくれたのです。
"ゲイじゃない!!"と書いてありました。
彼の話によれば携帯電話が美しくて買ったものの、周囲でゲイか?と度々尋ねら
れたので、携帯電話のメイン待ち受け画面に、そのように書き込んだそうです。
私だけが、あんなことを考えたわけじゃなかったんですね。

結局この日、携帯電話の話とワインの話でインタビューを終えて、翌日記事を書
かなければならないのに何の話を使おうか、と並大抵でなく悩んでしまったもの
でした。記者は、酒の席でも決して取材の種をのがしてはならない、という事実
を忘れて、アルコールにひたってしまったこの日の記憶が次々とでてきます。


とにかく'楽しき人生'で亡くなった父の大学ロックバンドの友人らと共に再結成
した'活火山'バンドのボーカル、ヒョンジュン役を担って熱演した姿を見ると
もうチャン・グンソク君を、これ以上「少年」ということができない気がします。

私も'グンソク君'でなく
'グンソク氏'と呼び直さなければならないってことですね。


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(映画'楽しい人生'スチールカット)

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映画'楽しい人生'マスコミ試写会で挨拶をするチャン・グンソク君の姿です。
とっても成長したでしょう?
by aloetree | 2011-07-24 15:55 | JKSのこと/ 編集後記etc | Comments(2)
by aloetree | 2011-07-23 20:12 | 動画/Interview | Comments(0)

Go to Extreme 2 番宣。

by aloetree | 2011-07-20 18:46 | 動画/その他

こんにちわ。





chika8004h様@youtube。ありがとうございます




PURIMA1031様@youtube。ありがとうございます



*****

赤ちゃんと僕。
エイリアン先生。
着信アリ。



動画主様。
ありがとうございます!


どれみても
なぜ。。。。
笑いがこぼれるか、
自分!?!?



我が道を
いくのじゃ。。。



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by aloetree | 2011-07-18 01:50 | 動画/映画関連 | Comments(0)
意訳です。
ご了承ください。




boy, be ambitious /チャン・グンソク




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ドラマ"ファンジニ"の撮影が
終わったばかりだが、
"ファンジニ"出演前と後で
いちばん変わったことは?

僕に対する“好感度"超アップ?(笑)

僕の活動に対して、
こんなにすぐに反応が
返ってくることなんてなかったから、驚きました。
あとは、ようやく
“演技者”“俳優”と言われることに
喜びを感じるようになりました。



今年でデビュー14年目だよね?
14年目にして?

今までは、ただの“芸能人”だったんだと思います。
幼い頃から、
芸能人として生きてきたけれど、
俳優という言葉を聞いたのは今年が初めてで。。

海外に行くとき、
出入国の申請書の職業欄には
相変わらず“学生”って書いてますが。



最近、入学するだけして、
実際には大学にいかない芸能人に対する批判が目立つが、
君はちゃんと学校に行っている数少ない芸能人だね。

そうですか?
そんな風に言われているなんて知らなかった。
大学には本当に一生懸命通ってますよ。
1学期はほぼ100%の出席率で
「芸能人なのに」ってよく言われました。
2学期になって、
スケジュールのために授業にあまり出席できなくなって、
だけど、教授は理解してくれているので
レポートだけはちゃんと提出しています。



"ファンジニ"の話に戻って、
脚本を最初に読んだときの印象は?
こんなに熱い反応が起きる予感はあった?

正直言って、
ちょっと疑問でした。
ファンジニ役が、
ハ・ジウォンさん。
それなのに、
その初恋の相手が僕だなんて。
8歳も年下なんですよ(笑)。

「年の差を克服できるか?」
っていう疑問がありました。
でも、脚本を読み進めるうちに、
心の中に染みいってくるものがあったんです。
セリフもすごくよくて、
特に古語がところどころ
混ざっている部分を読みながら、
打算とか心配が消えてなくなって、
ただ「これだ!これをやらなきゃ」って思いました。

僕の人生初めての主演だったし、
その上、演技者というタイトルまで
手に入れることができた作品です。
この作品については、
一晩中語ろうとしても語りつくせないです。



演技上にせよ、
“死”を体験する気持ちはどうだった?

僕が演じたウノの死は、
ただ"死"というだけではなく、
"ファンジニ"の中における
“チャン・グンソクの最期”でもあった。

それが良かったと思います。

普段、撮影するときには、
先に死ぬシーンを撮影して、
そのあとで“生き返って”また別のシーンを撮ったりしますけど、
今回は、病に侵され、苦しみ、死に至る過程を
順番どおりに撮影することができて、感情の整理ができたと思います。

最期だということ、
僕がいた世界から途中下車するみたいな設定に、
自然に感情移入できました。

僕が思うに、
監督とスタッフさんが
わざとそのように配慮してくれたんじゃないかなと。

本当に死ぬことになったら、
きっと両親のことを思うでしょうね。
先日「両親にプレゼントをしたことがあるか」
という質問をされたんだけど、
したことがないんです。
当然、プレゼントしたことがあると思っていたのに、
びっくりしました。



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6歳のときに、
子供モデルとしてデビューして、
見方によれば、
自分の意志がないままに
芸能界入してしまったともいえるかもしれない。
そのせいで、後になって
自我や自分の夢を模索しようとする過程で
亀裂が生じたりしたことはない?

悩みはたくさんありました。
なぜなら、僕は演技をしたかったわけじゃなかったから。
子供心に、ただTVに出るのが面白かったし、
カッコイイ感じがしたから続きてきただけだったし。
だけど、18歳のときに、
"ノンストップ" で、
いわゆる“芸能人”になったんです。

突然みんなが僕を
「あ、チャングンソクだ」って気づくようになって、
それまでに経験のなかった扱いをされるようになった。
その頃は、
そんな生活がずっと続くんだとばかり思っていたけど、
そうじゃなかった。

"ノンストップ"が終わって
突然虚しくなりました。

周囲の反応も冷めた、
僕の年齢も中途半端、
役の提案も入ってこない、、、

顔は知られているけど、
僕の招待は誰もしらない。。。

そんな状態がやって来て
スランプに陥りました。

もうこの仕事は辞めて、
小さいころの夢をもう一度抱いてみようか。
今からでも医大に行く準備をしてみようか。

そんなことも考えたけど、
フツフツっと負けん気が出てきたんです。

僕はまだ若い、
これまで積み上げてきた時間もある、
それなのに、もう諦めるのかよ。

行けるところまで行ってやろうじゃないか。

僕の道の先には、
僕がまだ知らない何かが絶対にあるはずだ、
そう思ったんです。

まだ出会ってないチャンスや可能性。
それがどんなものなのか、
それを見つけだしたらどうなるのか、
それを確かめたい。
そう思ったんです。

じゃあ、
行ってみよう。
行ってみて、なにが待っているのかみてみよう。

そんな気持ちだった気がします。



チャン・グンソクを“発見”させてくれた作品として、
"ファンジニ”の前に "プラハの恋人"があったんだけど。
それ以前は、
ルックスもかわいくて演技もそこそこ上手だけど、
それ以上のインパクトはなかった。
そんな子役のチャングンソクが、突然変化したようだった。

"ノンストップ"以降、
長いスランプに陥っていたところに
"プラハの恋人"の話をいただきました。

僕と同い年の高校3年生の役だったんだけど、
その後、不思議なことに希望していた大学に合格し、
"着信アリFinal"でスクリーンデビューも飾った。
いろんなことが徐々にいい方向に転がっていったんです。

錚々たる先輩方、
"パリの恋人" を演出した監督との仕事を通じて、
自分がこれまでいかに仕事を安易にとらえていたのか、
それをに悟りました。



年齢に比べてともて大人っぽいと言われないか?
あなたにはまだ20歳とは思えないに“格”があるような感じする。

昔は自分は、
ものすごく大人っぽくて成熟してると思ってました。
周りからもそう言われていたから、プライドもあったし。

でもそれはちがった。
錯覚だったんです。

僕は「自分は大人だ」と思っているただの子供に過ぎなくて、
今もほかの20歳の人たちとなにも違わない。
早く大人になりたいと思う子供そのものです。


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by aloetree | 2011-07-15 16:32 | Interview/ だいすき | Comments(0)

chika8004h様



チャン・グンソク インタビュー

ALL ABOUT
2006/Oct.~Dec.
(元記事に動画あり)
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2004年にデビューということですが、そのきっかけを教えてください。

中学生の時、SKテレコム社が“ting”というブランドを立ち上げるので
新人を探しているというお話をいただいて、何回かの打合せとオーディ
ションを経てCM出演が決まりました。3年間そのブランドの代表モデル
として活動したのがデビューの主なきっかけですね。それなので、僕の
キャリアはCMから始まったと言えます。

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家族構成は? 幼いころはどんな子供だったのでしょうか?

お父さんとお母さんと僕で3人家族です。僕は一人息子なんです。周り
の人からは、「兄弟がいる末っ子に見える」とよく言われますが、実
は長男です。母親に言わせると、子供の頃、僕はとても才能があった
らしいですよ。僕自身はあまり気づいていなかったですけれど(笑)。
それに、子供の頃から車が大好きでした。3歳の時、オモチャの車を
買ってもらったら、ずっと1年間それだけで遊んでいたぐらい。それ
から、結構ワンパクでしたね。悪ガキといわれるくらいイタズラが
大好きな子供でした。

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今の自分は? 自分ではどんな性格だと思いますか?

僕は今20歳ですが、時と場合によっていろんな性格が出てしまいま
すね。とても落ち着いている時もあれば、逆にワンパクな時もあっ
たり……。自分自身、何かに夢中になっている時の自分が好きです
ね。そんな時は小さな音にも敏感になってしまうんです。ひとりで
密室に入って集中している時が、一番自分らしいと思います。

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好きなこと、趣味は何ですか?

趣味はドライブです。車のチューニングもしているんですけれど、
お金が結構かかりますね。なので、今、少し悩んでいます(笑)。
それに、音楽を聴くのも好きですし、 コーヒーを飲むもの大好き
です。でも、最近は仕事のスケジュールが忙しくなってきて、ゆっ
くりとカフェでコーヒーを飲んだりできないのがとても残念です。
音楽は移動中に車の中でよく聴いていますよ。

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日本語を勉強されているということですが、どんなふうに覚えて
いるのですか?

日本の映画を観たり、音楽を聴いたりして、たくさん日本語を聞
く機会を持つよう普段から努力してます。音楽も歌詞を注意深く
聞いたりしますし。知らない単語があったらすぐにその場で電子
辞書で調べるんです。だから、電子辞書はいつでも持ち歩いてい
ますよ。日本語の先生からも習った経験はあるんですけれど、や
っぱりスケジュールの調整がかなり難しいので、今は単語集など
を持ち歩きながら、自分で勉強しています。

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日本で行ってみたいと思う場所はありますか?

日本に仕事で行った時に、有名なスポットはほとんど行ったよう
に思うんですけれど、お台場だけはまだ行ったことがないんです。
お台場ではアイスクリームが食べたいですね! それと、まだ行
ったことがないのは、東京タワー。シュトコウ(首都高)から見た
だけですね。映画の「ワイルド・スピード3 TOKYO DRIFT」も
観ましたけど、実は、シュトコウで自分の車を走らせるのが僕の
夢なんです。そうそう、恋人同士が夜11時50分頃、東京タワー
の光が消えるのを一緒に見たらその愛が叶うという話を日本で聞
きました。僕も好きな人、愛する人ができたら一緒に東京タワー
に行きたいですね。

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好きな日本の食べ物は何ですか?

たくさんあります! 好きなのは豆腐、天ぷら……苦手なのは
梅干ですね。一度試したんですけれど、どうしても梅干は食べら
れなかったです(苦笑)。とても酸っぱかったです……。納豆は
見た目よりは抵抗はなかったですね。え~と、あと、カツ丼が好
きですね。うなぎも好きです。

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好きな日本のミュージシャンはいますか?

日本の音楽に接する機会がそれほど多くはないので、日本に留学
している友達からCDを送ってもらうのが一番情報が早いんです。
ヒップホップとスカパンクが混ざったRIP SLYMEがとても好きで
すね。まだ韓国には彼らの情報が入ってないのが残念ですけど。
あと、平井堅とかL'Arc-en-Cielも聴きます。特別に好き嫌いがあ
るわけではなく、音楽は結構幅広く聴いている方だと思います。


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好きな日本の俳優さんは?

僕が男なので女優さんに興味があると思ったでしょう(笑)? 
でも、僕が注目する俳優はむしろ男優さんですね。日本で何が流
行しているかが分かりますし。この間、木村拓哉さん主演のドラ
マ「ギフト」を見たんですけど、時代と流行をうまく表現してい
る男優さんだと思いました。雑誌でも木村拓哉さんが載っている
ものをよく読んでいますよ。



Vol.2

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日本映画「着信アリ Final」に出演された経緯を教えてください。

日本の製作チームの方々が韓国にいらっしゃって、韓国のいろい
ろな俳優たちと会ってみたいということで、僕もミーティングの
現場に参加することになったんです。事前に演技のオーディンシ
ョンはないと聞いていたんですが、監督からの要望で、死ぬ直前
の表情や、僕の携帯に死のメッセージが送られてきたとしたら、
といったシチュエーションでの演技をその場ですることになりま
した。オーディションというよりも現場でミーティングをしてキ
ャスティングされたんですね。

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役作りで苦労したのは、どんなところですか?

大変だったのは、手話をしなければならないということでしたね。
手話での演技もそうですけど、言葉で伝えられない感情を手話と
いう手のしぐさとともに、目線で表現しなければならなかったん
です。内面的な感情を表現するために、目線を使った演技や指先
に表れる細かな感情などに、結構神経を使いました。手話の先生
は、有難いことに他の作品の撮影現場にまで教えに来てくだっさ
たり、手話の動画を携帯で送ってくださったりしました。日韓の
手話は70%は同じなんだそうですよ。だから、だいたい日本でも
通じるらしいんです。

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日本人キャスト、スタッフの印象はいかがでしたか?

撮影前には、同じ映画製作だから日本と韓国のスタッフもそんな
に違うところはないだろうと思っていたんですけど、
少し違う部分はありましたね。日本のスタッフの方々は、時間と
約束を守るということが徹底していて、スケジュール通りに撮影
が進むので、俳優として演技するのには最適の状況だったと思い
ます。それなので負担も感じなかったし、日本のスタッフの皆さ
んとも、私の未熟な日本語でやりとりしながらとても仲良くなれ
ました。とても楽しい現場でしたね。

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韓国と日本で撮影方法に違いはありましたか?

大きな違いはなかったんですけど、ひとつ大きな違いがありまし
た。普段、演技した後、監督とモニターを見ながらコミュニケー
ションを取っているんですけれど、今回の撮影はまったくモニタ
ーをチェックすることがありませんでした。監督はただ俳優の演
技にお任せという感じでしたね。俳優としてプレッシャーを感じ
ましたが、テイクごとにさらに誠実な気持ちで演じるようになり
ました。こういう方法は、俳優にもっと努力しようというモチベ
ーションを与えてくれるんじゃないかと思います。

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撮影中につらかったこと、うれしかったことなど、印象深かった
エピソードを教 えてください。

残念だったことはいっぱいありますね。やっぱり、言葉の壁。監
督ともっと話し合ったり、相手の役者さんともっと話し合ったり
して仲良くなって、コミュニケーションが自由に取れたらよかっ
たんですけど…。その経験もあって、これからもっと日本語を勉
強しようと思いました! 面白かった想い出は…日本のスタッフ
の皆さんがあまり韓国文化に詳しくなかったので、ちょうど空い
た時間に、スタッフや相手役の女優さんと一緒に、釜山の観光地
めぐりをしたことですね。

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「着信アリ Final」に出演したことで、自分にどんな影響があったと思いますか?

日本という国をもっと身近に感じるようになりました。日本に行
ける機会も多くなったし。海外のスタッフや役者さんと出会うこ
とで、韓国を飛び出して視野を広げるきっかけになったと思いま
す。韓国代表で選ばれたわけなので(笑)、緊張した部分もあり
ましたけど、周りの皆さんからとてもよくして頂いたので、だん
だん溶け込んでいけました。僕にとって、とても素晴らしい経験
でした。

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「着信アリ Final」を観た人、また、これから観る人にメッセージをお願いします。

映画は初挑戦でしたし、僕自身にとってとても意味深い作品です。
前作がヒット作ということで、当時はプレッシャーもありました
が、今は多くの方々に観ていただきたい気持ちです。韓国の俳優
が出演していたり、釜山を舞台にしているので、韓国についても
っと知りたい方々にぜひお勧めしたいです!



Vol.3


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デビュー作「オレンジ」撮影時の想い出を教えてください。

中学3年生で16歳の時に撮ったドラマですね。夏をテーマにした、
大型プールのライフガードたちの物語なんです。撮影中でも暑か
ったらそのままプールに入って泳いだり、椰子の実を食べたり、
結構遊びながら撮影をしていましたね。だから、日焼けして真っ
黒になりました(笑)。真夏のバカンスを過ごしたという感じで
す。今もその当時を思い出すと、とても爽やかな気持ちになりま
す。

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ドラマ「ノンストップ4」にはどんな役柄で出演したのでしょう
か?

実は、僕が演じたキャラクターは僕自身のアイディアから生ま
れたんです。作家さんと打合せをした時、幼い頃の夢は医者か検
事だったという話をしたんです。今ではそんなの無理だったと思
っていますけど(笑)。それで、お医者さんの役を演じたいとい
う意見を出して、一番若くて流行に敏感で、ファッションにも興
味津々な医大生、それでいてちょっとワルというキャラクターを
作ったんです。

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日本でも放送されているドラマ「プラハの恋人」について、役作
りの苦労、撮影中の印象深いエピソード、共演者とのエピソード
などを教えてください。

ラジオのDJをやりながら大学入試の準備をしていた頃、撮影に入
ったんです。大学入試というのが韓国の学生にとっては重要な出
来事なので、精神的にも不安を抱えていました。それでも、大統
領の息子でシニカルで反抗的というキャラクター、「ノンストッ
プ4」とはまったく違った役を演じられるということを、とても
魅力に感じていたんです。ストーリーの中では、チョン・ドヨン
さんとキム・ジュヒョクさんのラブストーリーと並行して、僕が
演じるラブストーリーが描かれます。シニカルでカッコよく演じ
ることを意識していたのに、視聴者からは「可愛い」と言われて
しまいました(笑)。ドラマが終わる頃には大学合格の通知があ
り、10代最後の作品として、自分にとっとても有意義でやりが
いもあった作品だったと思います。

-----

新作映画「ドレミファソラシド」はどんな作品ですか? また、
どんな役柄を演じているのでしょうか?

ちょっと煮え切らない青春ラブストーリーというか…でも、実際
撮影に入ってみるとキスシーンもあったりして、10代の役柄に
しては真面目でシリアスなシーンがありました。大人でも、昔の
恋愛を思い出しながら観られる作品だと思います。僕が演じる役
は“ドレミファソラシド”というバンドのリードボーカルです。
当時Larc~en~Cielにはまっていた頃で、ロックに夢中になって
いた時期だったんです。ロックからバラードまで、映画の中でバ
ンドが演奏する曲は実際に僕が歌っているんですよ。

-----

最新ドラマ「ファンジニ」ではハ・ジウォンさんと共演していま
すが?

10月11日から放送が始まる朝鮮王朝時代の時代劇で、ハ・ジウ
ォンさんが16歳の芸者、ファンジニを、僕が10代の名門の息子、
ウンホを演じています。ファンジニと恋に落ちたウンホは、親か
らその仲を猛反対されますが、それを乗越えようと頑張るんです。
今回、本格的に恋愛をテーマにした作品で演技をすることが、僕
にとっては大きな挑戦でした。ハ・ジウォンさんとはとてもよく
息が合っていますよ。僕より年上ですが、童顔だし、活発でよく
笑う人なんです。

-----

もし自分がそんな恋愛をしたとしたら?

ウンホとジニのように、本当にそこまで愛することができる相手
がいれば…チャン・グンソクという人間にとって絶対放したくな
いという相手が現れたら、ドラマと同じように女性を愛する自信
がありますよ。言葉で説明するのが難しいですが、ヤクザとか、
ワイルドなキャラクター、例えば「美しき野獣」でのクォン・サン
ウさんのような感じの役もぜひ演じてみたいですね。とにかく、
まだ演じたことのないキャラクターはたくさんありますから、宿
題がたくさん残っている感じです。ひとつずつクリアしていこう
と思っています。

-----

将来はどんな映画俳優を目指していますか? 
目標としている俳優さんはいますか?

目指している俳優さんはいるんですけど、自分のなかだけの秘密
なので公開はできません(笑)。医者にとって一番大事なのが病
気を治すことであるように、俳優にとって一番大事なのは演技が
上手いこと。演技が上手くて、人間くさい役者になりたいですね。



Vol.4

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マイ・ブームを教えてください。

コーヒーが大好きなので、コーヒーがおいしいお店を探すのが
好きです。三清洞(サムチョンドン)とか、漢江の北(江北)あ
たり、人があまり多くなくて雰囲気のいい場所にあるこじんまり
としたカフェとか。最近、韓国でもおしゃれなオープン・カフェ
が増えてきてるんですよ。こっそり僕がよく行く店をお教えしま
すね。三清洞(サムチョンドン)にある“ビンスビンス”。オム
レツがおいしい“エグオグ”。それと、“スターバックス”より
僕は“コーヒービンズ”のテイクアウトコーヒーが好きなんです。
あと、僕は車が大好きなので、同好会の仲間と暗くなってからド
ライブしたりしています。韓国で好きなドライブコースは、内部
循環道路。そこで僕が白い車に乗って走っているのが見られるか
もしれないですよ(笑)。

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日本のファンにどんな印象をもっていますか? 
韓国のファンとの違いはありますか?

実は日本と韓国のファンの違いをはっきりと感じたことがあるん
です。韓国の年配の方は私を見て「うわ~」と喜ぶよりも小声で
「ハンサムだね」ってつぶやく程度で、消極的な感じですよね。
でも、日本のファンは、年配の方々も少女のようにピュアで、
ご自分が好きな俳優に出会った時、目が輝くんですね。驚いたり
する姿が僕にはとても新鮮でした。それから、僕が車に乗って空
港を離れるまで、ずっと手を振っていてくださった姿を見たら、
また日本に来たいという気持ちになりましたし、もっと日本で活
動したいという気持ちになりました。

-----

日本のファンから贈られたら嬉しいプレゼントは何ですか?

ファンの皆さんが、いろんな有り難いプレゼントをくださるんで
すけど、そのなかでもハングルで書かれた手紙は必ず見ています! 
たとえ文字が間違っていても真心が伝わってくるんです。完璧に
ハングルで書かれた手紙よりも、少し間違っていた方がもっと可
愛くて好きですね(笑)。それから、今まで一番記憶に残ってい
るのが、たぶん死ぬまで忘れられないと思いますが、事務所に送
られてきたDVDのプレゼントでした。DVDを見るのが好きなので
家に戻って見てみたんですけど、それは僕が今まで活動してきた
様子を映した写真や映像を全部編集してくださったものだったん
です。一番最後にファンの方の写真が入っていて「日本にまた来
るまで待ってます。グンちゃん! サランへヨ!(愛してます)」
というコメントが書かれていました。それを見て僕は知らないう
ちに涙を流していました。なぜ僕が役者の仕事をするのかが分か
ったし、一種の責任感まで感じました。もっと頑張ってよい役者
になろうと、その映像を何回も繰り返し見ながら思いました。今
思い出しただけでも涙が出そうです。

-----

韓国を訪れる日本のファンにオススメしたいスポットや食べ物を
教えてください。

僕は肉と野菜が大好きで、いつも行く穴場があるんです。清潭洞
(チョンダムドン)にある“本家 炭火焼肉”の“肉の盛り合わ
せ”が、とてもおいしいんです。盛り合わせに入っている牛三枚
肉、特製ソース、ドンチミクックス(注※冷たい水キムチに麺が
入っているもの)というのが絶妙のバリエーションですから、ぜ
ひ注文してみてください。

-----

韓国のスターで仲良しなのは誰ですか?

同じ事務所なんですが、元godのメンバーで、歌手のソン・ホヨ
ン兄さんです。本当のお兄さんのように仲が良いです。ホヨン兄
さんも僕も車の色が白なので、ファンの方々がよく間違って僕の
車にお兄さんを応援するメッセージを残していくんですよ。僕の
バンの車にお兄さんの顔写真が大きく貼ってあったこともあるん
です(笑)。

-----

日本には前向きで活動的な韓流ファンというと、50代以上の女
性も多いです。そんな女性たちにぜひメッセージをお願いします。

日本に行くたびにファンの皆さんにたくさん来て頂いてうれしい
です。最初に日本に行った時のトキメキを僕は今でも抱いてます。
いつか、日本のファンの方々のためにイベントなどが開催できれ
ばと思っています。いつになるかはまだ決まっていないですが、
近いうちに皆さんに会いに行こうと思っていますので、待ってい
てくださいね!


(End)


*****


beko19997様


*****

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*****


ファンミーティングで
聴覚障害の方に会ったとき
覚えた手話で話しかけてる、
とありましたね〜。

手話も
わたしも
覚えてみたい〜。
世界がひろがりそう〜。
by aloetree | 2011-07-15 12:23 | 動画/Interview | Comments(0)
チャン・グンソク「来年は休みたい」

元記事

2007.12.27

俳優チャン・グンソク(20)が
新年の計画を尋ねた質問に“休みたい”と明らかにした。

26日午後2時ソウル、
龍山(ヨンサン)CGVで開かれた
「快刀ホン・ギルドン」の製作発表会および記者懇談会で、
チャン・グンソクは

「2008年序盤までは
 "快刀ホン・ギルドン"の撮影を熱心にしなければならないが、
 その後には計画AとBがある。
 
 計画Aは休むことだ。
 学校生活をしながら友人にも会って、
 学びたいことも学び、
 僕の中に多くのことを吸収したい」


と明らかにした。

「計画Bは、
 学校も休学をして旅行してみたい。
 あえて海外ではなくても
 カバンを持って地方をめぐりたい。
 地方の旅館で写真も撮って、
 おばあさんと話もしてみたい。
 僕には、まだ世の中がとても珍しい。
 そんなことを、全部、接近して触ってみたいんです。
 その中で、僕をたくさん探したい」

と説明した。

‘快刀ホン・ギルドン’のチャンフィ役に
出演することになった経緯については、


「2007年は、
 僕自身をとても消耗する一年だったので、
 もっと閉じこもっていなければならない、と考えたし、
 だから、最初は、やらない、と思っていた。
 だが、台本をよんで、
 チャンフィのキャラクターが目にぴったりと入ってきた。
 これは無条件でやらなければ、と考えた。
 挑戦しなければならない、と考えた」


と話した。

付け加えて
「初めて引き受ける悪役で、
 動作よりも内的な部分、
 目つきで感情を表現したい。
 チャンフィの感情を、
 まなざしで、
 小手先の動作でなく、
 すっきりしたうごきの中で、
 悪の心理を表現したい」


と意欲をみせた。

チャン・グンソクは
2007年、誰より忙しい一年を送った。
今年の初めには
SBS ‘人気歌謡’ MCに抜擢されて
進行者としての面目を発揮。

秋には映画‘楽しき人生’で観客を訪ねたし、
来年1月1日封切りを控えた
映画‘待ちくたびれて’の広報日程で
タイトなスケジュールのままの1年を終えている。

また、現在KBS 2T V水木ドラマ
‘快刀ホン・ギルドン’の撮影を消化している。
漢陽大学校演劇映画学科に
在学中の学生でもある。

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*****

快刀ホン・ギルドン’
カン・ジファン-チャン・グンソク、初めての武術対決


元記事

2008.01.16

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KBS水木ドラマ‘快刀ホン・ギルドン’(ホン・ジョンウン、ホン・ミラン
脚本、イ・ジョンソプ演出)のカン・ジファン、チャン・グンソクが初めて
の武術対決を広げる。

ホン・ギルドン(カン・ジファン)は殺人者という寃罪をこうむって官軍
に追われることになり、自身の潔白を明らかにするために真犯人である殺し
た者を探しているうち、結局チャンフィ(チャン・グンソク)と出会う。
二人はお互いに、パッと刃物をあわせることになった。


カン・ジファンとチャン・グンソクの武術対決場面は、去る11日坡州
(パジュ)のセット場で撮影された。

‘快刀ホン・ギルドン’の製作会社である、オリーブナインのある関係者
は、“多くの武術場面は俳優が、吹き替えなしで直接消化している”として
“このために昨年晩夏からアクションスクールで訓練をした。 2人の俳優の
卓越した運動神経を基に夏から汗流して武術を練磨した努力が素敵な場面で
誕生した。 期待しても良いだろう”と明らかにした。


*****


‘快刀ホン・ギルドン’インソン“お父さんに捧げます”

元記事

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2008.01.17

KBS 2TV ‘快刀ホン・ギルドン’に出演中のタレント、
インソン(32)の胸が痛い理由が公開された。

インソンは‘快刀ホン・ギルドン’
(ホン・ジョンウン、ホン・ミラン脚本、イ
・ジョンソプ演出)で劇中チャン・グンソクの右腕であり
護衛武士であるチスの役割を担当している。

中堅新人で、
昨年10月撮影途中、
父親が、闘病生活の末、亡くなる痛みをむかえた。

インソンは演技者としての出発は早かったが、
主に演劇舞台で活動して視聴者たちにはまだ見慣れない俳優だ。
長い間の無名生活の間、
いつも強固な後援者になった父親に
‘今回のドラマで重要な役割を担当して、
 熱心に演技する姿をお見せする’と約束したが、
守ることができなかった。

インソンは
“これまで、大変だった演技者生活に
 大きい力になって下さった父に
 良い姿を見せることができないことが一生後悔されるようだ。
 大学路(テハンノ)で演劇をする間に、
 ファンカフェもできてファンたちが激励をしてくれたりしたが、
 この方々のためにも、
 また空で見守っておられるお父さんのためにも、
 より一層誠実に演技する”と明らかにした。

インソンの所属会社のある関係者は
“キャスティングが決定されてお父さんに良い姿をお見せするとして、
 昨年夏アクション スクールでのつらい武術練習が終われば
 すぐにお父さんのもとに走って行って病看護をした孝行息子であった”
と話した。
by aloetree | 2011-07-12 20:53 | Interview/ ドラマ

「19歳。楽しき人生」

過去の日記を再アップ。

今日Twitter で関連動画を
おしえていただいたので追加しました。

おしえてくださって
ありがとうございます。



チャングンソク  19歳。楽しき人生

元記事→シネ21

2007.12.28


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チャン・グンソク。
満19才の少年だ。

何でも、
まだ「初めて」起こることが多い、この年齢。

彼は人生の第2期に突入している。

2007年秋、
イジュンイク監督の「楽しき人生」で、
俳優チャングンソクに初めて接した人もいるだろう。

また、それ以前の2006年秋、
ドラマ「ファンジニ」で
タレント・チャングンソクに初めて接した人もいるだろう。

だがそれ以前から、彼はスターだった。

明るい日差しの下、
友人といっしょに学校の塀をカッコよく飛び越える、某制服のCF、
コ・アラとともに真っ白な教室で踊る、某移動通信CFは、
すでに知られていたチャン・グンソクの顔を利用したものだった。

また、
ポン・テギュ、
ヒョン・ビン、
ハン・イェスル、
イ・ユンジなどが
出演したシチュエーションコメディ「ノンストップ4」(2003~2004)で
チャン・グンソクは明るい茶色髪の毛に花模様のシャツがよく似合う
美男大学生を演じ、お茶の間の視聴者の愛をたっぷり受け取った。

チャングンソクは、
自分の名前をかかげたラジオプログラム
(チャングンソクのヤングストリート)の進行を務めたこともあり、
TV歌謡プログラムのMC、
ケーブルテレビのリアリティーショーのMCも務めてきた。

まだたった19歳。
だが、今の年齢になるまでに、
彼がしてきたことは、数多く、そして多様だ。

「ファンジニ」
「楽しき人生」が話題にならなかったとしても、
チャングンソクは、
すでに多くの人々に顔と名前がすぐ浮かび上がる芸能人だった。


チャングンソクはアイドルスターだった。

今から10年前、
ケーブル放送のドラマ
「幸福も売ります」(1997)で演技デビューし、
今のティーンエイジャーが好んで観ていた
児童ドラマ「妖精コムミ」(2000~2001)に出演するなど、

子役演技者としての道を歩いてきたチャン・グンソクは、
まさにその「子役俳優出身」というレッテルをはがすことができずにいる
「ノンストップ4」のスターであるにすぎなかった。

日本のホラー映画
<着信アリ ファイナル>(2006)に出演し、
広告も撮影し、いろいろな媒体に
その顔は、常に露出しているにもかかわらず、

「それで、彼は何をする人なんだ?」
という質問のこたえを探すことは少々困難なことだった。

片思いから重い病いを患う、ウノ役(ファンジニ)と、
落胆しきった40代の家長たちを追いたてて、彼らを舞台へと導く、
情熱と冷静のロッカー・ヒョンジュン役(楽しき人生)がなかったら、
まもなく封切りとなるロマンチックコメディ「待ちくたびれて」の、
チャングンソクについて、
意味深く注目することは、今よりずっと難しいことだったにちがいない。

6才年上の恋人を残して、
軍隊に行くことになるこの映画のキャラクターとともに、
来年1月から放映されるTVドラマ「快刀ホン・ギルドン」の
野望にもえる男のイメージに対する期待は、

すなわち、
今や、その存在感をはっきりと示しはじめた俳優、
チャングンソクへの期待そのものだ。

では、
以前のチャングンソク、
満19歳のアイドル少年の人生第1期はどんなものだったのだろうか。

午前9時30分、
写真撮影の現場に現れた彼が、
朝食を食べていないといって、スタッフに
「僕はマック朝ごはん〜」とメニューを注文する姿を見たときも、
まだ私たちはほとんどなにもわからないままだった。


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-<楽しき人生>と<待ちくたびれて>を選択した時期が似ていた。
 どのようにそれぞれの映画を選んだのか。

その時期がドラマ<ファン・ジニ>を終了したばかりで、
俳優としての可能性を認められはじめた頃だった。
それを確立させるべきだという気がしたし、
まずは、僕がうまくできるものをやってみたかった。
簡単に見えたとしても、ひとまずうまく演じられるもの。

それで選んだのが「待ちくたびれて」で、
そのわずか数日の間に入ってきたのが
「楽しき人生」のシナリオだった。

無条件に決めた。



(ここで、誰かがコーヒーを持ってくると、
 たちまち、高音の声でうれしそうに
「おおおお、サンキュー!」と叫んだ)


-<待ちくたびれて>の場合はそうではないが、
 <楽しき人生>の場合は人々が必ず一度は
 「なんで、チャングンソクなんだ?」と言ってたようだけど。

なんでチャン・グンソクが、
あのキャストのなかに混ざっているんだ?

そういう話は、僕もすごくよく聞いた。

俳優として、
歩むべき道はまだまだ遥かに長いことはわかっていたから、
そのときに "負けるものか" という闘志がわいた。

先輩たちに勝とう、とか、
そういうことじゃなかったけど、
たびたび比較対象の的にされるから、
負けたくない、という気持ちはあった。

演技では勝つことはできないとしても、
情熱だけは。

彼らがすでに楽しんで、
経験しつくしてしまった若さが僕にはあり、
その分、挑戦していく自信もあった。

敵が多くいてこそ、
絶えず、内省しながら精進できるんだと思う。
応援者だけだったら、
もちろん、とても楽になるが、その分簡単にいってしまうだろう。

敵になってくれる人たちからのムチこそ、
時には、より大きな燃料になる。



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-敵の存在を初めからそんなふうに認めることは難しい。
 本人がそれを正面から対峙できるようになったのは、
 いつの時点からだと思う?

<ファン・ジニ>の時だと思う。

あの頃は、
本当に数多くの、叱責・悪口・誹謗中傷が(笑)。。。

<ノンストップ>なんかに出ていた子が、
一体ハジウォンの相手役としてなにができるんだ。。って。

最初は、本当にすごく傷ついたけど、ある瞬間、

「こんなことしてる場合じゃない、
 あなたたちはそんなふうに罵っていろ、
 僕が全部覆してやる」

と、そんなふうになった。

マインドのちがいだ。
肯定的なマインドと、
否定的なマインドでは、
世界がちがってみえるように、
僕が自信をもったら、すこしずつ違ってきた。

実際にドラマをスタートしたら、
視線が好意的なものに変わっていったし。

その時、カタルシスを感じたんだ。
それを味わってしまった以上、
ずっと、その感じを保つために、
どんな作品をしようが、常にそれに集中してやる。
それがとても楽しい。



-そのような目標の対象は<ファン・ジニ>以前はどうだったのか?

なにもなかった。
あの頃は、なんの目標もなかったし、

ただそのまま、
人々が僕を知っている、ということに満足していた。

僕はTVに出ている芸能人だ。
サイン? してあげるよ。
写真? ああ、メンドクサイ。

そんなふうだった。

<ノンストップ4>が終わって、スランプがきた。

個人的に、
本当に二度と戻りたくない時間だし、
そこへきて、
一緒に共演していた俳優はなぜかみんな成功していた。
僕以外は。

僕はなにをしてきたんだろう? 
ちょっとよそ見をしてる間に、底辺まで落ちたよ。

その頃から、
目標意識をひとつづつ、
設定していかなければならないと思うようになった。

最初が大学。
大学は、本当は新聞放送学科を随時募集のとき受験した。
内申と身上記録、条件は全部満足で当然受かると思っていたけど、
その大学から、芸能人は受け入れていない、と言われて、落ちた。

そのあとは、
演劇映画科に行かなければ、と思うようになった。
そのときから、本当に熾烈に生きた。

昼間学校にいき、
午後、ドラマ「プラハの恋人」の撮影、
夕方にはラジオ「ヤングストリート」、
そして、夜11時に大学路に移動して、
明け方3時まで課外と独白練習した。

それで今の大学(漢陽大 演劇映画科)に受かった。
大学に入ったら、演劇をしてみたかったし、映画もつくってみたかった。

それが、
僕が夢見た、
他人が設計した目標ではない僕の人生で、
僕自身がはじめてつくった目標だった。



-なぜ新聞放送科に行こうとしたのか。

とにかく、かなり傲慢な考えだった。


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-傲慢って? そんなときだってあるだろう。

その時もまだ、
僕は演技が上手だ、と思っていた。

10歳のときから始めたし、
現場でイヤというほど学んだんだから、
知識はなくても、現場でのスキルは持ってるし、
どこで演技したとしても遅れはとらないという自信、
傲慢さ以外のなにものでもない自信があった。

僕がなぜ、演劇科にはいって、
はじめから演技を学び直さなければならないっていうんだ?
まっぴらだ。
僕が属している放送界のことをもっと知りたくて、
それで新聞放送科に行く、と言った部分があった。



-子役俳優出身がほとんどそうであるように、
 あなたも、お母さんがマネージャーの役割をしてきたんだよね。

株主だ。 (微笑)


-お母さんから、
 君はこのようなスターになりなさい、こんな演技者になったらいい、
 といった話をされたことはあるか?

うちのお母さんは少し違うと思ったが、わからない。
僕の背後から影のように、方向だけ示して、
こんなふうにやったらどうなの、
あんなふうにやったらどうなの、と相談してくる。

会社で、
僕が居場所を失わないように、
いつも居場所をつくってくれ、
精算をきちっとやってくれて(笑)
母親との関係はとてもいい。

とてもいいけど、
母親としての枠組みってものがある。

最近は、
自分自身を探しているから、
多少の意見の食い違いが、母親との間にでてきた。

「楽しき人生」を撮影しながら、
特にそんなことが多かった。

以前は、
母親の意見は無条件に正しくて、
母の意見に僕の意見を組み合わせて行く、
という感じだったけど、

今は、
自分自身の選択、自分自信を信じたくって、
それが、今の僕の立場で、
十分にやってみる必要、
価値があることなんだと思っている。

友人達のように、
独立して、
電気代も直接払って、
洗濯も自分でやって、
愛にも裏切られてみたい。

友情にも裏切られて、
痛みを感じてみたい。

そんなことに、僕は今、恐れがないんだ。

僕には若さがあり、
そのエネルギーがあるんだから、
なんでも自分で切り開いていってみたい。



-<ノンストップ4>と大学入学の間に、
 子供ミュージカル<ヘラクレス>(2005)もやったよね。

ほかにすることがなかった。
<ノンストップ4>が終わってしばらく、
作品もなくずっと休んでいた。
演技をやりたくてしかたなかった。
そこに運良く、ミュージカルの仕事がはいってきた。

そのときも、傲慢にも、
なんてことないだろう、と向こう見ずに考えていた。
練習を何日かやったらいいんだよね。そんなふう。

ところが、舞台の上で、ぶちのめされた。
世宗文化会館大講堂だというのに、セリフを忘れて。
恥ずかしくて恥ずかしくて。

これじゃだめだ。
このままじゃだめだ。と思った。

演技を最初からちゃんと学ばなければならない、と思ったけど、
そのときまでに培ってきたあらゆるものを全部手放して
大学路に行く勇気はなかったから、
大学にいって、体系的な知識を学ばなければ、と思うようになった。

僕が現場で経験して培った知識ではなく、
正しくなされた知識を学び、習得して、
それから現場にいって、知恵を働かせなければならない、と。

ミュージカルが、僕にとっては、大きな転機になったんだ。
その頃、もし、
芸能面やレコードアルバムの仕事などの方にいってしまっていたら、
今頃、僕がどうなってたことやら



-その時期にこの仕事を辞めるつもりもあったか。

あった。
周辺で、仕事のために僕を探す人もなかったし、
人々にどんどん忘れ去られていく、
というのは本当に恐ろしかったから、
今すぐにも他の道を探さなければ、って考えてた。

僕を見て「チャングンソクだ」といっていた人たちが、
ある瞬間から、無反応に過ぎ去っていったときの、その冷淡さ。

一緒にラジオの仕事をした芸能人の先輩たちとご飯を食べに行ったとき、
彼らには、みんなサインを求められているのに、
僕にはなにも反応せず、そのまま行ってしまった時。

これは芸能人にとっては、かなり傷つくことだ。
言葉では表現できない。
とにかく "隠れてしまいたい" ってきもち。

それだけに、その反対の状況はどんなにうれしいことか。

この前の MCをおえて、
シン・ヘソン兄とヒチョル兄と僕とスタッフとで、ご飯をたべにいった。

そしたら、40代のおじさんが、僕をみて、
「「楽しき人生」に出てくる俳優じゃないか?」と。

「はい、そうです」と答えたら、

「自分はあの映画のファなんだ。
 映画が本当におもしろかった。サインしてくれ」と言ったんです。

ペンを持つその手がとても震えて。
初めて感じた喜びだった。



-<待ちくたびれて>と、
 今撮影中のドラマが、うまくいかなかったらどうする?

それには、きっと理由があるはずだ。
つまらなかった、とか、
あるいは、僕がキャラクターに集中できてなかった、とか。

だけど、
映画やドラマはうまくいかなかったとしても、
僕のキャラクターは生きるべきなのに、それさえ死にそうだ。

僕は休まなければならない。
今年2月からほとんどまともに休んだことがない。

今も、1分以内に泣け、といわれれば、
すぐ泣けるほど、僕は余裕がない。

それでも、
僕はじぶんで選択して、挑戦を決めたはずなのに、
そこに力量を発揮できなかったんなら、
今、自分がとても疲れているから、ってことになるだろう。



-以前と同じスランプがまたくることもあるだろうか?

あの頃は、自分自身に対する自信までなかった。
今は、自分になにが不足しているのか、考えることができるし、
チャングンソクというコンテンツに対してプライドがあるから、
絶対あんなふうなスランプに落ちることはないと思う。



-芸能界に足を入れることになったきっかけはなんだったのか?

幼稚園に通ってた頃、
両親が家を売却しようとして、
そのとき、タレントの、チャンヨン先輩が、
うちを見に来られたそうだ。
先輩は、僕の目をまっすぐにご覧になって、
この子は、芸能人になればきっと成功する子だ、という話をしたそうだ。

母から聞いた。
その時の先輩の一言が、
芸能界にたいして、
両親に肯定的な意見を持たせるきっかけになったようだ。

父親も俳優になりたかった人で、
やりたいことも多かったし。
母方の祖父も演劇俳優をしていた。

だから、家族の間では、
そんな血筋が全部、僕に流れているんだろう、
ってことになってるが、僕にはわからない(笑)。
僕は僕だ。



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*****


coooxxxx 様ありがとうございます
by aloetree | 2011-07-12 00:04 | Interview/ 映画 | Comments(15)

インタビュアーさんも
漢陽大学の学生さん。

同世代同士の対話。

普通の記者さんがくりだす質問より、
おもしろかったりしてw

すてきな対話です。





*****

チャン・グンソクが話す、
俳優、学生、そして、
21歳の「学校に出席する俳優チャングンソク」でなく「学生チャングンソク」


2007年11月5日
http://www.hynews.ac.kr/news/articleView.html?idxno=1984

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同期たちは、ビッグバンが好きだ。
学校ですれちがう芸能人にサインをもらおうか、どうしようか悩んでいる。

私はと言えば、
そのビッグバンがはなっからわからない。
芸能人を間近でみたこともあるが、サインをもらうのは抵抗がある。

そんな私に、
"チャングンソクをインタビューする"という任務が与えられた。

だからだろうか。

私は
「楽しき人生」の俳優、チャングンソクよりも、
学生であり、21歳の「彼」により一層の好奇心を感じる。

初めて会うことになったチャングンソク、
大学の学生とささいな会話をする、
そんな"日常"が特別だという彼に

「私はあなたと同い年なんだ」と話して、友人のように、
ざっくばらんな言葉でインタビューをしよう、と決心した。

9月の予定を10月に変更するetc、
3度もあれこれするうちに、
だんだん「膝打ち導師になってやる」という気になってきた。
ざっくばらんな会話形式のインタビューが必要だった。

チャン・グンソク<芸術学部・演劇映画科06>は

「僕は敬語でも気楽だけど、
 タメ口の感じでインタビューを楽しくするほうだ」
と話しだした。

"タメ口でインタビューしよう"といったら、
ひと味ちがう、と喜ばれるだろうと思っていたのに、
彼のほうから先に、こんな反応がでてしまったので、

私が
"新鮮なインタビューにしよう"と
隠してきた大きな秘密を明らかにする機会も失った。


タメ口と敬語を
巧妙にまぜたインタビューを終えた今、告白する。

「グンソク。
 本当は私は、
 キミより1歳年上なんだ...」


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楽しき人生。
おそらく、楽しき人生、のせいだと思うが、
最近、チャングンソクという名前をどんどん聞くようになってきてる。
今後、チャングンソク、といえば、どんなイメージになったらいいと思う?

何ていうか、
計画したり、計算してイメージを追求したくなくって。

僕はね、
20年たっても、
純粋な情熱と努力する姿、そんなふうでありたいだけ。
イメージを設定するのはマネジメントのすることだ。



じゃあ、
作品やキャラクターを選ぶとき、いちばん考慮する点はなんなの?

僕にできることだろうか、
どうだろうか、って考える。



できないっていうのは、どういうこと?

"できない状況だ"ってことだな。
今撮影している"ホンギルドン"のチャンフィは、
僕がどうしてもやりたかった人物。

1月から1日も休めてないけど、
「やる」っていう決定をしたんだ。

俳優にとって、多作であるってことは、
実は、俳優自身を消耗させたりすることもあるから。



ああ。そうなんだ(ポリポリ)

簡単にいえば、
からだと心に余裕があるときと、
ないときでは、人物を表現できる範囲がちがうんだ。
体力的、感情的に困難なときは、
人物をちゃんと表現することができない。

もちろん、
できる、できない、と決めつけてしまう訳じゃないけど、
大変なときは、キャラクター自身を表現するのに、
怖くなったり、恐ろしいときもあって。



フィルモグラフィーを見たところ、
誰かの初恋、とか、こどものころようななものの方が多いよね。
人々もこういうのをさらに記憶するみたいだし。
抜けだそう、と努力したフィルモグラフィーはなんなの?

人物と人物。
作品と作品。
その間には、期間に間隔があくじゃない?

その時間に、充分に、
人間チャングンソクに戻ろう。
とする時間を過ごしていれば、
意識的に抜け出そうとしなくたってすぐに、
自分自身に戻る。

そんなふうにして、
再び、他の人物を演じていくための
充電をしたことになるんだろうな。



漢陽大学演劇映画科06年度入学生。
大学生活について気がかりなこと、そして噂話。
ハ・ソクジンを見たという人は多いが、
なぜか君を見たという人々があまりいないんだけど?

僕も熱心に通ってるけど。
外で、同級生たちとジャージャー麺食べたり、
授業時間に発表も、、本当に熱心にしてるんだけど。



本当に?
私は君が
「学校食堂ではご飯は食べないんですが」
と答えるかと思って心配してた。

僕にとっては、
1学年1学期の人生自体がすごく大切だった。
僕だって学生じゃないか。
この年には、
他の友人がしてみてることは、全部してみなきゃ、って思って。
まず、授業前に漢陽プラザでコーヒーを1杯飲んで、
食堂でご飯食べて、授業終わってまた、コーヒーを1杯。
これが大学での動線だった。



私は、生活科学生だけど、
そんなふうに歩き回ってた君をどうして見かけなかったんだろう?

僕は、歩きでは通ってないから。


そこにあったか。
会えない最大の理由は。(笑)ハハハ。
噂話その2。
大学の先輩から、
君が"上から下まで、からし色の洋服で学校にきた"
って話を聞いたんだけど本当?

そんなこと本当にやったことないけど。
ファッションが平凡じゃないから、そんな誤解されたのかな。

大学では平凡な生活をしたいけど、
ファッションは平凡なのは嫌で。
カラフルな洋服を好んで、着て通ってるから。

ファッションに関心がいちばんあるから、
今じゃなかったらいつ着るんだ?って考えて自信を持って着てる。



噂話3。
大学の授業、熱心に聞いてる?

そうしようと努力してる。


演劇映画科に入りたかったの?

初めは違った。
幼い時期から仕事をしてきたから、
僕があえて、演劇映画科に入る必要があるか、
って傲慢にも考えてたから。

他の科を受験して、落ちて、
そこでミュージカルをやることになって、

そしたら、その舞台の上で、
とっても萎縮してしまったんだ。
それで、はじめから学び直そう、と心を入れ替えた。



社会にでてみると、
大学で学ぶ知識とは違っているって話をよく聞くじゃない。
演劇映画科で映画を見ただろうけど、君が感じるにはどう?

その二つの間のギャップは、
実際ものすごく大きいよ。

学校では、1+1=2、だと教えるけど、
現場では、1+1=1になったり、3になったり。

それを
現場で、どれくら賢く通用させるか、は、
知識を学んだ人の力量だろう。

知識でななく、智恵が必要だから、
おそらく、人々は、
「知識と実際はちがう」と表現するんだろうな。

現場で、ただ肩を超えて学べるとしたら、
学校では体系的な学習を学ぶことができて、
教養の授業とか、他の授業を通じて、
多様な知識もさらに得ることができるだろ。

学校で学ぶのは、
必ずしも、知識だけか、
っていえば、そうじゃない。

友人達と一緒に過ごす。
それ1つとっても、学習だし。



教養で、ほかの友人に会うといったら、
君も、教養で出会った友人がいるの?

いないんだよ。
友人にはたくさん出会いたいけど、
先に近づけば、僕が心を開くことができるはずなのに、
僕も友人も、心の壁みたいなものがあって、近づくのが難しい。

僕がなんでも熱心にやって、
遊ぶときは徹底的に遊ぶ方だから。クラブにいったり。。。

そんな時は
「漢陽大生なんだけど、、、」と近づいてくれたら、
まるで家族みたいな感じがして、
とてもうれしく、つきあえるだろう。



それでは、
出会った同級生たちとはうまくいってるの?

それは、良い縁を継続する人々だから。
ご飯もおごって。
そういえば、収入があるから、おごってもらわないな。



必ずっていうわけじゃないけど、ぜひ努力してみて。
コーヒーみたいなものだって飲むでしょ。

平凡でいたい、
とはいっても、
どうしても芸能人である以上大変なんだ。



芸能人学生であることで、マイナスなことは何?

同年齢の俳優ムン・グニョンが
授業で寝ていて、話題にされたよね。

僕にとっては、
そんなことなんでもないことなのに。

もちろん、
寝るってことは望ましいってことじゃあ絶対ないよな。
だけど、
若くて、酒一杯飲んで、寝てしまうことだってあるじゃないか。
ずっとそのままじゃダメだけど。

だけど、
そんな僕の姿をみて、
アイツは、適当に通ってそのまま卒業するんだろう、
ってとらえる視線。

漢陽大学に通っている人として、
僕もただの学生なのに、と考えてしまう。

だけど、
そんなことを克服するのも結構簡単なんだ。

そのまま堂々と寝ちゃう。

僕はそのときは、
俳優チャングンソクじゃなくて、
学生チャングンソクなんだから。

だけど、
遅刻だけはとにかく、申し訳なくて。
教授が熱心に講義している、その最中にはいっていくと、
学生たちの視線を一身に受けることになる。
そうすると、自然に、教授の視線も僕の方へ向く。
そんなときは、本当に申し訳なくて、
頭を深く下げなきゃならないよ。



遅刻するのはスケジュールのためか?

いや、朝寝坊が多い。


なんで朝寝坊?

朝寝坊も多いし、
地下鉄に乗り遅れたり、道路が混んでたり。



地下鉄、乗らないんじゃないの!?

地下鉄混んでて、
道路も混んでるから、地下鉄も混んで(笑)



噂話3。
A型男、そして21歳の人物を調査してみたら、
君、サイワールドにのってた。
かなり役に立ったのに。
サイワールド熱心にやっていたんだろ?

熱心に?

僕、かなり、、、
(マネージャーをちらっとみて、そうだろ?という目つき)
最初は一人でやってて、
全部非公開だったけど、一親等が二つずつ増えて、
一親等がそのまま全体公開したらどうか、となって、
一度、公開にしてみたんだ。

こんなにたくさん入ってくるとは。。。
記者の方々も、そこで写真もみていくんだよ。



誰も入ってこないならば、
またやってみるつもりはあるの?

僕らさ、
小学校のとき書いた日記に、
「今日誰それがアメをくれてうれしかった」とか、
そんなこと書いてて、
今読めば、笑っちゃうようなことってあるだろう。

10年後に、サイワールドをみたときに、
ああ、この頃の自分は、こういうことに悩んで、
こんな感情を感じてたんだな、と思い出せるじゃないか。
宝箱のようなところだ。

でも、僕はサイワールドは閉じた。
しばらく隠れていたくて。



君は、俳優という職業柄、特に、
露出することが多いでしょう。隠れたいときはどうする?

最近、
特に、家族、友人、仕事、学校、
そんなすべてのことについて、
いろんなストレスが
めったやたらとたまってしまう時期みたいで。
こんなとき、夜、ひとりで車ででかけて、
写真をとって、音楽を聞いて、
そうやって解消していこうと努力してる。



それは、
芸能人だから持つ感情であることもあるだろうが、
満たされなくて不安な20代が持つストレスだと見ることもできる。
そのような悩み友人に打ち明ける方なの?

僕はA型だ。
その上、一人息子。

一人でたくさん考えようとする。
大変な思いを他の人にうちあけて、負担を与えるのはイヤ。

僕は難しいことを他の人にみせまいと努力するが、
僕と親しい人々のことは聞こうとするかな。

何が大変なんだ、とききながら、
酒を1杯ずつ呑んで解決しようとか。。。



いくら休学してるといっても、
君も来年には3学年だ。 どんな先輩になりたい?

(モジモジ)いやあ、
一度も先輩だったためしがないけど。
2学年だけど、1年生と向き合ってみたこともないし。
撮影現場ではいつも末っ子だったから。



僕は1年生だ。まあまあ先輩。

助言とくだらない話を
区別できる先輩になりたいな。

どこそこへ行け、と話す先輩よりも、
どこかへ行くように導いていく、そんな先輩。

後輩と先輩が
お互いを補完していく様子は理想的な先輩後輩だろ。



21才という年齢。
価値観を確立するよりも、拡張をしていく時期じゃないか。
君を拡げていく方法は?

なんでも、
多様な経験をし、そして演技をすることだろうな。

僕がみることができなかった、
感じることができなかった、
考えることができなかった、
そんな人物の人生を経験して。

実際、
21歳が眺める視点ってものには限界があるじゃないか。
僕は、彼らを演技しながら、
自分自身が拡張されていくことを感じる。

それに、写真を撮ること。
目で見るのと、フレームに入ってくるものにはちがいがある。

一方向の視点にだけ思えたことが、
他の考えで拡張されるとき。

そして、
最後にあげるなら、人々との対話。



私たちは人と絶えず関係を結んで生きるじゃない。
君と関係する人々の中で、君に一番影響力のある人は誰なの?

まさに、僕自身。

僕の自信。
僕の情熱。
僕が絶対に失いたくない純粋さ。

もちろん、
僕を導いてくれる人はとても多いが、
21歳になって変わった点があるとしたら、
自分だけの、僕、を探すべきだっていう考えだ。

他の誰かにとっての"僕"をつくりだすんじゃなくて、
独立した自分の領域をつくりだすこと。

両親の、
友人の、
人々の中の"僕"の姿じゃない、

"僕だけの僕"なんだよね。

こういうものを守るためには、
僕はたえず、努力をしなければならないだろう!?

by aloetree | 2011-07-11 22:49 | Interview/ だいすき | Comments(18)
<楽しき人生>リードボーカル役
        チャングンソク "楽しい人生を生きていますか?"


元記事 maxmovie
2007.09.1​​8

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ロールモデル、という言葉を思うとき
私たちは "似ていたい誰か"と、簡単に理解しがちだ。

しかし、
私たちは、似ていたい人より、
(自分が) そうなりたくない人の姿、のほうに、
もっと刺激を受けるし、敏感でもあるはずだ。

映画 "楽しき人生"で
唯一の20代のキャラクターであるヒョンジ​​ュンにとって、

嫌っていた父親の友達であり、
手におえない、40代の家長である "活火山"のメンバーたちは、
おそらく、そんな対象だったのかもしれない。

映画のなかでヒョンジュンと「おじさんたち」は
お互いに接点を見つけ、理解しあい、楽しき人生を公演する。

そのような点から見ると、
ヒョンジュンを演じた20代のチャングンソクと
映画 "楽しき人生"は、実に巧妙に似ているのだ。

それならば、俳優チャン·グンソクは、
映画 "楽しき人生"との接点をどんなふうに見つけたのだろう?



総合的に話すならば、
大人たちが、
かつて子供の頃に、欲しがったキャンディーを
観客の胸の中に投げかけることができる、
そんな映画ではないかと思います。


俳優チャン·グンソクは
"楽しき人生"について、こう説明する。

監督イ·ジュンイクや先輩俳優たちよりも、
チャン·グンソクがする説明は、
若い観客たちが、映画 "楽しき人生"に
触れられるようにするものだ。

ときめく "夢"を
苦難の多い "人生"と対比させる、
"おじさん"たちの説明が、理解できないわけではない。

ただ、どうしても、

まだ夢みること自体がその生活そのものであり、
楽しい人生はやってくる、と信じている、
若い観客たちにとって、共感にまで至るものではない。

楽しき人生はやってくるのではなく、
今の状態から創っていくんだ、

そんな言葉を
まだ 、経験のない若者たちの胸に、響かせることは、
土台ムリなことなのだ。

だからこそ、かえって、
21歳のチャン·グンソクは
"楽しき人生"について、
若い観客たちと
よりコミュニケーションできるように、
説明することもできるし、

同様に、
映画の中で彼が演じたヒョンジュンも、
そのような役割を果たしている。

俳優チャン·グンソクは
映画の中のヒョンジュンをどのように解釈したのか?

ヒョンジュンという子供が、
なんの理由もなく
"活火山 "のメンバーになるっていうのは
現実的じゃないでしょう。

単に、
この20代の若いこどもが、
40代の父親の友人たちに出会って、
何かを感じて、仲間になる、

そんなふうに、
間接的ではあっても、
観客に説明できるような装置があったらいいな、
と思いました



彼が
シナリオをもらって分析したヒョンジュンは、
そのようなキャラクターだった。

つまり、
チャン·グンソクにとって、
"楽しき人生"のヒョンジュンは、
自分に与えられた役割の部分だけでは、
観客に対する説明が十分ではない、
そんなキャラクターだった。

しかし、そんな彼に、
監督イ·ジュンイクは
「映画の中で "助演"であるように」
と注文した。

ヒョンジュンというキャラクターを
僕たちは直接的にみることはできませんでした。
監督が僕に出した、いちばん最初の注文が、

「そんなに、存在を示そうとするな。
 君は助演だ。
 文字通り、君はただ助演なんだから、
 君を表現しようとするな。
 だが、舞台(ステージのシーン)では
 思う存分やりたいようにしろ」

と、そうおっしゃったんですよ。

実際、その時も
僕はあまり理解できてませんでした。
ヒョンジュンのもつ痛みの理由とか、
そんなものを表現したかったし、いくらかは発散したかった。
それを自制するようにしてくださったんです



良く言えば "自制をさせてくれた"わけだが、
チャングンソクには理解できなかっただろう。

だが、
映画 "楽しき人生"だけを見れば、
監督イ·ジュンイクの言葉は、
監督だからではなく、正しい。

しかし、
映画をヒョンジュンに焦点を合わせれば
チャン·グンソクの主張が正しい。

このような違いは、
単に監督と助演俳優のシナリオ解釈のちがい、
という問題ではない。

映画 "楽しき人生"の大きな柱が
20代前半の彼が理解する "楽しき人生"とは
ちがっていたのではないだろうか?

監督イ·ジュンイクからの
どんな注文にも合わせて
演技したチャン·グンソクは、

映画全体をおいて、
観客"としてヒョンジュンを再解釈している。


最初は、理解できなかったが、
後で完成された作品を見てみたら、
3人のキャラクターが
「父としての大変な姿」を見せているのに、
そこで、僕のキャラクター、ヒョンジュンまでもが一緒になって、
自身の苦しみを説明したり、表現したりしてしまうと、
リズムが崩れるような、そんな感じがあったかもしれない、と思いました。

だから、
お互いに苦労自慢するような、
ちょっと、、、こう、、、
「うぅ」と泣きながら観る映画になる可能性もあったところを、

ヒョンジュンの苦しみをずっと出さずに隠すことで、
おじさんたちとの感情のコントロールのテンションの高低が
バランスよく適度なものになった気がします。

また、
ヒョンジュンは、
なぜ自ら"活火山"のメンバーに入ろうとするのだろうか、

そんなふうに観客たちが模索したくなるような
課題を一つ提示することができたようです。

実際に、
それこそが監督の意図であり、
そして僕はそれに沿って演じていたし。

そのかわりに、舞台では、
ヒョンジュンが感情を爆発する場面だから、
そこに実際にたくさんの力を使ったんです


彼の説明から分かるように、
チャン·グンソクは
映画の中のヒョンジュンの役割を
"監督の意図"どおりに、十分に理解している。

だが、
果たして彼は本当に共感したのだろうか?

インタビュー中、繰り返し、
彼は"物足りなさ"を吐露しつづけていた。

彼は、
残念だったけれど、
完成した作品を見て、監督の意図を理解した、
と語った直後にも、

実際、
今でも少し物足りなさが残っているようです。
ヒョンジュンの苦しみが
少なくとももう少し、表現されていれば、
観客もヒョンジュンがあんなふうになった経緯を
理解したかもしれないし、

ヒョンジュンの、
そんなふうな自分だけの世界、
ヒョンジュンが強くならざるをえなかった理由、
そんな説明があったならば、

もうすこし強く
ヒョンジュンを表現することもできたと思いますが、
その部分では、僕もかなり考えましたね


として再び、
物足りなさを表わしている。


また
演技する時大変だった点を尋ねた質問に対しても、

大変な点といえば、
やっぱりそうでしょう。

ヒョンジュンという人物を
もっと表現したかった。
自制するのが難しかったです。

どんなふうでもいいから、
キャラクターをもっと表現してみたかったし、
ヒョンジュンの苦しみをもっと知らせたかったが、

後で見た時には、
結果的に監督の言葉が正しいと思いました。
だが、そこまでの過程で、
実際にたくさん悩んだことは事実です


と答えている。


結果的に
チャン・グンソクの立場では、
自分が願ったとおりの、より具体的な説明を
映画の中ではできなかった。

<楽しき人生>を
2度、3度とくりかえし観れば、
ちがった映画のように感じるかもしれない、
と言ったのは、

もしかしたら
"楽しき人生"に対する賛辞ではなく、
自分が演じたヒョンジュンを中心に映画を見てくれ、
という注文なのかもしれない。

もちろん
だからこそかえって、

彼は、
20代前半のヒョンジュンが
40代のおじさんを眺める立場、
あるいは父を眺める立場を
どんなふうに表現できるだろうか、と
彼自身がさらに深く探求することになり、
そのアイディアを映画の中に反映させた。

チャン·グンソクはその場面で、
観客が、ヒョンジュンと視点を同じくすることを願っている。

"活火山 "が
初めて弘大でバンドの公演を終えて、酒を飲んで、
ヒョンジュンとサンホ先輩(ヒョクス)が
トイレで一緒になるでしょう。

ヒョンジュンが押し黙っていると、
横から、サンホ先輩が

"父親とホントに似てるなあ。
俺の息子も俺に似ているが… "

と、ため息をつく場面がありますが、

観客たちにとっては、サンホ先輩の姿が、
この時代の父親たちの姿、
僕たちが、一つ屋根の下で暮らしていても
普段感じることができない父親の大変な姿、

そんなふうに、
映画のスクリーンの中にあらわれていると思います。

そして、
ヒョンジュンという人物は、
そんな状況でもほとんど感情変化の起伏をみせません。
ただ「酔っているんですか?」と一言だけで、
その場を去ります


チャン·グンソクは
この場面自体を解釈するよりも、
その場面を見て観客がどのように反応するかについて説明する。

父親のキャラクターたちの苦労する姿は
状況的な演出で継続して表現されるが、
そんな中で、
ヒョンジュンはそのような姿を見せないため、

観客にとって、
父親についての理解と、
ヒョンジュンとの視点の同一化が同時に起こる


というのだ。

だから、
観客はそのような場面を見ながら
自分たちの父親について考えることになり、

そのような
観客たち自身の心が、
果たしてヒョンジュンの心なのか、
父親の非常に疲れた様子がどんなものなのか、
と感じようとして、
かえって、ヒョンジュンの立場から眺めるようになる、
という説明だ。

ここらで、
チャン·グンソクが語る "観客"について分析してみると、
彼が頭の中で想定する観客とは、
<楽しき人生>を見るすべての観客を合わせたものではなく、、

チャン·グンソク自身に
近い立場の観客のことをさしているのであろう。

そして、続くチャン·グンソクのヒョンジュンについての解釈に、
私たちは "楽しき人生"と20代の俳優の接点を見つけることができる。

ヒョンジュンを
どのように表現しなければならないか、
と思っていたが、結局はその目的は、若さ、だったようです。

若さと自信。

ヒョンジュンは
豊富な舞台経験の持ち主です。
「僕と一緒にバンドをしたい人はとても多い」
などと話をしているが、

自分だけの確固たるものを
いくつか持っているからこそ、
同じ年頃のところにさっさと戻らず、
自分だけのものをもって、

パートナーはおじさんたちだ、
と考えたんだろうと思います。

ホンデに行くときも、
ヒョンジュンが引っ張って連れて行くでしょう。
そんな部分が、
ヒョンジュンだけがもつ"強み"であり、
自分の考えがとてもしっかりしている子供、
として設定した理由だったようです


また、もう一つには、
ヒョンジュンは、
自分と同じ年頃世代には感じることができなかった、
なにか純粋なものをおじさんたちの姿の中に
見たんじゃないかと思います。

ちがった見方をすれば、
ヒョンジュン自身が純粋な子供でなく、
汚れてしまった子供だった、ともいえます。

20代はじめの同じ年頃のバンドをみれば、
友人をみては、自分の方が優秀なんだ、、、
とかそんなふうにするうちに、解散して、、、

ヒョンジュンも結局は、
一人で自分だけのことを考えて
生きていた人だったんでしょう。

ところが、
おじさんたちの純粋なグループは、
自分が思っていた父親のような姿ではなかった。

ヒョンジュンの父親は、
音楽をするな、
といって自分を殴るような父親だったから、
あんなに嫌ったのに、

その父親の友人たちは、
とても純粋な姿で、純粋な情熱をもち、、

だから、ヒョンジュンは、
この人たちを心の底から受け入れられた。

それは、
そんなおじさんたちの姿をみたからだったんじゃないだろうか。
そんな気がします


つまり、
チャン・グンソクが口にする"物足りなさ、残念さ"とは、

助演俳優の役割の限界に対する物足りなさでなく、
また、よく言われる新人俳優の欲からでもなく、

映画の中の
ヒョンジュンと同じ年頃である彼自身が感じる、
‘楽しき人生’に対する違いである、ということだ。


チャングンソクは、やはり、
映画を見ながら、
観客の立場からすれば、

おじさんたちが主人公という時点で、
ヒョンジュンがああであるべきだった、
といことを理解している。

ただし
イ・ジュンイク監督、
あるいは、
映画<楽しき人生>が要求したヒョンジュン像は、
40代が眺める20代の姿であり、

チャン・グンソクが
ヒョンジュンについて、
どうしても理解できなくて惜しんだのは、
20代が眺める40代の姿だったはずだ。

そして
映画の中で20代と40代は悟る。

そして
<楽しき人生>と俳優チャン・グンソクは
お互いをつくっていきながら悟る。

"似ていたくない"地点と
"戻りたい"地点が同じだということを。

そして
その地点へ向かうこと自体が
楽しき人生を生きていく方法だということを。


最後に
チャン・グンソクが俳優という職業をとおして
経験した<楽しき人生>はどうだったのだろうか?

<楽しき人生>を撮影しながら、
大変だった、という記憶自体が一つもありません。
本当に不思議なくらい。

撮影が終わると、
先輩たちと一緒に夕食を食べながら、一緒に酒も飲んだり。
一緒に宿舎を使うから、
宿舎に戻ってギターの演奏したり、そんなふうに夜を明かします。

そんなところでもまた、
お互いに対する真実の姿をたくさん知っていきましたよ。

先輩が私に教えて下さったのは、

俳優としての
アクティング(acting)の問題だけでなく、
人間チャン・グンソクとしての人生、
人間としての人生、

お互いが一人一人が持っている価値観、

そんなことを交流できる時間が本当に多かったです。

このように話すと、
僕がなにか哲学家のように思えるかもしれませんが、
僕も実際、先輩たちから学んだことなので
まだよく分からないんですが、

"人間チャン・グンソク、
としての人生自体をおろそかにすることなく、

俳優チャン・グンソクとしての人生と、
人間チャン・グンソクとしての人生を
明確に区分するのではなく、

そのギャップを縮めていって、
一つにすることができたら、

そんなチャングンソクの姿は、
とても美しい姿なんじゃないか、と"

先輩も、僕に、
そういうことが
どれほど重要なことなのか、
を教えてくださいました。

今現在、21才の時点での
友人たちが日常的に送っているような人生の姿を、
僕も日常として送らなければならないし、

そんなふうにギャップが埋められ、
ギャップがなくなっていくこと。

それ自体が、僕が持つべき
"チャングンソクのクオリティー"だと思います。

俳優チャン・グンソクの人生ではなく、
人間チャン・グンソクとしての人生の価値観と、
21才のただの
平凡な大学生のチャン・グンソクが感じることができる、
すべての経験を全部、ふくめて吸収し、

それを
"俳優チャン・グンソク"として表現できる時、
それが最も素敵な俳優の姿ではないかという気がします



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映画を見られた皆さんの表情が
ものすごく気になります。

そしてやはりお聞きしてみたくなります。

「皆さんは"楽しき人生"を送っていますか?」
「自分がやりたい仕事をしていますか? 」
「それとも、やらなければならない仕事をしていますか?」

こんな話を必ずしてみたいです



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*****

動画
 → 楽しき人生/ LIVEシーン予告

 → 楽しき人生/ 人物紹介予告

 → 楽しき人生/ しみじみMV篇
by aloetree | 2011-07-09 23:47 | Interview/ 映画 | Comments(0)

JKSさん酔狂。


by aloetree