カテゴリ:イテウォン殺人事件。( 16 )

勝手な思い入れがあったから
悲しいです。

監督の映画5作品について
書いてあるこの記事。
読んだら涙でました。


ホンギソン監督、
ありがとございました。











ホンキソン監督映画5選
この社会に投げかけられた重い問いかけ




2016.12.17





あまりにも意外だった
ホン・キソン監督の死。

ホン監督は来年初めの封切を目標として
映画「일급기밀一級機密」の撮影を終え、
その編集作業のさなかの急死だった。

映画「イテウォン殺人事件」後、
8年ぶりに発表する長編映画だった。

映画「一級機密」は、
一級軍事機密にまつわる軍内部の不正事件を暴く、
という内容の映画だ。

パククネ政権による文化系への弾圧の雰囲気のなか、
(映画への)投資家を見つけるのが困難となり、
しばらくストップしていた製作が、
やっと仕上げの段階に突入し、
期待を集めていたところに届いた悲しい報せだった。


困難を通り抜けて、
8年ぶりに自分の作品を
世間にリリースしようとしていたが、
完成を見ずにして亡くなったホン監督は、
その命の最期の瞬間まで、この社会に対して
重い質問を投げかけ続けた。

ホン監督は1980年代の映画運動を通じて、
映画界に足を踏み入れてからずっと、
社会に向けて、問いかけを投げかけてきた。

そして、
そういうホン監督の問いかけの多くは、
この社会が抱える、もっとも痛い部分に向かっていた。

それはつまり、
分断とアメリカ、に象徴される
われわれの社会の矛盾、だ。

ホン監督がシナリオを書いた1989年の作品
「오! 꿈의 나라(ああ。夢の国)」は
光州事件を本格的に扱った最初の長編映画であり、
この映画のなかで、
光州(クァンジュ)流血鎮圧の
背後にあったものとして、アメリカを挙げている。

これ以降、
映画「選択」
映画「梨泰院(イテウォン)殺人事件」
等を通して、問いかけは続いた。

社会に向けられた
このように重い問いかけが、
映画資本から歓迎されることはあり得なかった。

通常ならば
2~3年に1本程度のペースで
新作映画が発表されるものだが、
彼の場合は、
投資家や製作会社を探すことすら困難だった。

その結果、
1980年代から映画界で活動してきたにもかかわらず、
彼の名が刻まれた映画といえば、指で数えるほどしかない。

1992年、
映画「가슴에 돋는 칼로 슬픔을 자르고」で、
映画評論家協会新人監督賞と脚本賞を受賞して
監督デビューしたものの、
続く長編映画「選択」ができるまでには
11年の空白期間が必要だった。

それだけ、
韓国社会に向けられた彼の問いかけは、
この国の既得権勢力や資本にとって
見過ごせないものだったのかもしれない。

重い重い彼の足跡は、
量としては多くのものを残せなかったが、
その足跡の深さ、そして、
その意味は決して小さなものではない。

ホン監督が、
この社会に向けて投げかけた、重い問いかけに
触れることができる映画5作品をここで紹介しよう。





「오! 꿈의 나라」(1989年)

光州(クァンジュ)抗争を本格的に扱った
初めての長編映画だった。
当時の映画専攻大学生たちが
集まって作った映像集団‘장산곶매’が
16ミリで撮影した劇映画だ。
ホン監督は、この映画のシナリオを書いた。

光州抗争が武力鎮圧されるなか、
ジョンスは戒厳当局の捜査をくぐりぬけて、
故郷の兄テホを探して東豆川を訪れる。
テホは全南(チョンナム)大学生で、
光州抗争での活動のせいで追われる境遇だった。
テホは米軍部隊のバーで働いくが、
その本業は米帝の品物商売だ。
ジョンスはテホの部屋に居候して、
米帝の品物商売を手伝う。
そんななかで、ジョンスは、
アメリカと自分自身に対する省察と苦悩を続ける。

映画は、
光州と東豆川を並列で連結している。
光州抗争の背後にアメリカの存在を示している。
その明らかなテーマ意識と当時の時代環境があわさって、
「오! 꿈의 나라」は合法的上映が不可能な映画だった。
許可なく上映した、という理由で、
製作者と劇場の代表が告発されることもあった。
大学街では、この映画を見るために、
警察と激しいにらみ合いを繰り広げる、など、
この映画を見るだけでも、
権力に対抗する、ということを意味した。




「가슴에 돋는 칼로 슬픔을 자르고」(1992年)

ホン・キソン監督の長編デビュー作だ。
現代版奴隷船と呼ばれる海老釣り船に乗ることになった
船員たちそれぞれの脱出への熱望を描いた映画で、

この映画で
ホン・キソン監督は百想芸術大賞シナリオ賞と
映画評論家協会新人監督賞と脚本賞を受賞した。

そして男性主人公を演じた俳優
チョ・ジェヒョンは青龍映画祭男新人賞を受賞した。

木浦の船着き場に流れてきた
ジェホ(チョ・ジェヒョン)は、ペシルを救いに通う。
紹介業者オ社長(ファン・ビョンド)のおかげで
仕事場を見つけたジェホは、
それが海老釣り船であることを知らず、その船に乗る。

家出少年、孤独な老人、そして強盗前科者などが
共に船で生活することになる。
そこに馴染めないジェホは、
船からの脱出を試みるが、失敗して殴打されてしまう。
その後、ジェホは、船頭の言うことを聞き、
船主と船長からの信任を受けるようになる。
そうして、船員を監視して、
脱出計画をたてることになる。

これは、
映画界で多くの注目をあびた作品だ。

韓国社会の現実を
隠喩的に取り込んだこの作品を通じて、
彼は韓国リアリズム映画の新しい可能性を示した、
という評価を受けた。

韓国社会に投げかける彼の重い問いかけに対する
当時の既得権勢力からの圧力は凄まじいものだった。

1991年、
映画振興公社の事前製作支援作として決定したものの、
それを白紙にされる、など、製作には困難を究めた。

製作が終わった後は、
検閲によって相当部分がカットされる、
という屈辱を経験することになった作品だ。





「選択」(2003年)

0.75坪独房に45年の歳月を
閉じ込められなければならなかった人がいる。

非転向長期囚として、
45年間監獄に閉じ込められていた世界最長期囚、
キム・ソンミョン先生だ。

映画「選択」は、
45年の歳月にも折れることがなかった
信念の最長期囚、
キム・ソンミョン先生の実話を基に作られた。

この映画は2003年、
釜山国際映画祭で観客賞を受賞した。

1951年、国防警備法に基づいて、
15年の刑を宣告されたキム・ソンミョンは、
2年後、スパイ疑惑が追加されて死刑の宣告を受け、
その後、減刑される。

ソウル拘置所から
麻浦(マポ)刑務所、
大邱(テグ)、大田(テジョン)、
木浦(モクポ)、そして再び大田へ。

1995年、
キム・ソンミョンは、
光復節特別赦免で自分が解放される、
という思いがけない消息に接する。

だが、このときすでに、
彼の年齢は70歳。
すでに、監獄のなかで、
青春から老年までのすべてのときを
過ごし終えた状況だった。

この映画は、
個人の良心を弾圧して、
無慈悲な拷問にかけることで
転向を強要した国家権力の素顔を見せる。

刑務所内のチンピラ雑犯を利用して
無慈悲な拷問をくわえ、
狂ってしまう者あり、自殺するものあり。
彼らの人生は破壊される。

その、凄まじい拷問の瞬間瞬間と、
暴圧的な強要の中でも、
良心を守り抜いた人々の姿を
実によく表現した映画だ。

この映画のシナリオは、

ホン監督の夫人であるイ・メンウ作家が書いた。

イ作家は、
シナリオを書くために、
非転向長期囚の先生たちが生活する”出会いの家”
を訪ねて行き、直接仕事の手伝いなどをして、
彼らの過ぎさった時間を執拗に取材した。

数十年を監獄の中ですごした彼らが、
簡単に心を開くことはなかったが、
長い時間をともにするうちに、
彼らは少しずつ、その本心を語り始めた。

そして、
彼らの貴重な証言は、
そっくりそのまま映画の中に描かれている。






オムニバス映画「3つめの視線」中
1作品「나 어떡해」(2006年)


国家人権委員会の製作によるオムニバス映画
「3つめの視線」(2006)の中の1作品、
「나 어떡해」は17分の短編映画だ。

この映画は、
現代社会においてもっとも疎外され差別されている、
非正規職の労働者の物語だ。

工場でフォークリフトを運転するトさん、という熟練工。
だが、トさんの業務経験も、熟練度も、なんの意味もない。
彼が正規職員ではないからだ。

作業着で区別されている正規職員と非正規職員。
非正規職員は、法で決められた休暇はもちろん、
労働を継続するに最低限必要な休憩時間すらとることができない。

母親が突然倒れた、という報せを受けても、
休暇をとれないトさんは、
せめて、母親のために祈ろう、と
会社の資料室で聖書を借りようとするが、
それすらも「正規職員ではない」という理由で
拒絶されてしまう。
結局、非正規職の息子をもった母親は、
息子に会うことも叶わず、最期の息をひきとる。


母親の訃報に接しても、
家に戻ることができない非正規職労働者の話は、
悲しいかな、映画や主節の中だけの話ではないのだ。

この映画は実話を基につくられている。
対策を講じないままに、非正規職員を量産する
当事の政府や企業に対して問題提起すると同時に、
非正規職労働者たちの日常的な痛みが
どれほど深刻か、を直接的、写実的に描写して
関心を集めた。






「イテウォン殺人事件」(2009年)

製作中の映画
「一級機密」の製作完了を見ず
亡くなったホンキソン監督にとって、
「イテウォン殺人事件」は
その最後の長編映画として記録されることになった。

この映画は、

ホン・キソン監督の映画の中で、
最も大衆からの認知度が高い作品だ。

大衆的な関心を集めた作品、とはいえ、
やはり、この映画も、
社会に向けたホン監督のメッセージを忠実に含んでいる。

2005年から始まった
「イテウォン殺人事件」プロジェクトは、

2006年、
釜山国際映画祭でMBCムービー賞をはじめ、
映画振興委員会の企画開発費支援作品に選ばれて、

以後、2008年末には、
映画振興委員会HD支援長編作として選ばれ、
辛くも撮影することができた。

とはいうものの、
全体の総製作費が15億ウォンという低予算映画。

この程度の金額で商業映画をつくる、
ということがどれほど無謀な挑戦だったかは、
計り知れない

「イテウォン殺人事件」は、

1997年4月3日に発生した実際の事件を基に作った作品だ。

無念の死を遂げた韓国青年がいたというのに、
容疑者2人はなんの処罰も受けないまま終わった事件、
として、

韓米関係の不公平さ、など、
多くの苦悩を私たちに投げかけた。

映画の準備にあたり、ホン監督は、
当時事件に関わった当事者のほとんどに
直接会って、取材をすすめ、

故チョ・チュンピルさんの遺族はもちろん、
実際のパク検事、
当時彼らを弁護した弁護士、
解剖検査員、

などとのリアルなインタビューを通じて、
当時の事件を写実的に再現するように
あらゆる努力を注いだ。

そして、最終的にこの映画が、
アメリカに逃げた容疑者パターソンを帰国させ、
法廷たたせるきっかけとなった。

パターソンは去る9月、
2審で懲役20年の宣告を受けた。




*****

ホン・ギソン監督、7年ぶりの新作『一級機密』公開控えて15日に死去






*****

ホンキソン監督の訃報に接し、
映画「イテウォン殺人事件」関連で
自分で翻訳したもののなかで、
まっさきに思い浮かんだ記事は ↓ でした。

  イテウォン殺人事件、当時の彼らは今…




*****

 → 映画「イテウォン殺人事件」関連の日記まとめ







by aloetree | 2016-12-18 20:16 | イテウォン殺人事件。
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(1997年実話をもとにしたミステリー現場殺人劇
     「イテウォン殺人事件」そこが知りたい )




映画<イテウォン殺人事件>は
1997年4月、
イテウォンのハンバーガー店トイレで繰りひろげられた、
ゾッとする快楽殺人事件をモチーフにしている。

10代の韓国系アメリカ人容疑者二人。
ふたりのうち1人は、明らかに殺人者である、
にもかかわらず、
二人ともが無罪として釈放されることになり、
当時の大韓民国を衝撃につき落とした事件だ。

映画<イテウォン殺人事件>の主人公を引き受けた、
パク検事役のチョンジニョンと、

容疑者のうちの1人、
ピアソン役を担ったチャングンソクは、

この日の事件を
実際にもまざまざと記憶していた。

<そこが知りたい> の
2大MCだったチョンジニョン。

そして、当時小学生だったが、
9時のニュースを通じて、
ぞっとする事件現場を記憶しているチャングンソク、

彼らが話す映画<イテウォン殺人事件>
インタビューを独占公開する。





<イテウォン殺人事件>
主演俳優チョンジニョン&チャングンソク独占インタビュー



映画の中の俳優が気にする、
実際の<イテウォン殺人事件>そこが知りたい。


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チョンジニョン:

映画<イテウォン殺人事件>は
派手な技巧やアクションが目につく映画ではない。

長い時間をかけて
この映画の準備をしてきたホン・キソン監督に
ある日、私がはじめてした質問は、

「監督。どうしてこの映画を
 つくることになられたんですか?」

だった。

もともと、
あまりたくさんお話をされない監督は、
ぽつりぽつりゆっくりと、
この映画についての話をした。

「ある日、
 インターネットの未解決事件関連サイトで
 この事件を探したんだよ。
 被害者はいるが、殺人者はいない。
 目撃者はいるが、容疑者がいない。
 こんな前代未聞の事件について、
 もうちょっと知るべきだ、という気がしたんだ。
 それが、、、
 この事件に関係した人々と会って、話を交わす過程で、
 だれもがこの事件に胸を痛めていて、
 いまだに忘れずにいる、ということがわかって、
 本当に印象深かった」

結局、この映画は、
実話をモチーフにしているが、
ドキュメンタリーではないように、

実際の事件を直接的に見るよりも、
殺人事件が起きた事件現場のトイレという場所が
なんらかの解答を与えることができるのでは、と考えた。

都心のど真中のトイレで、
ぞっとするような快楽殺人現場が
堂々と繰り広げられたのは、

1997年当時の大韓民国の現実を
代弁するモノサシであり、
また矛盾でもあるからだ。

私はこの映画を
いまだに現在進行形で存在している事件の反芻ではなく、
その背後に隠された真実を引き出さなければならないと考えた。




チャングンソク:

映画<イテウォン殺人事件>は、
興行とエンターテイメント性を求めるよりも、
僕たちの過去を振り返り、
こういった事が二度と起きないように、
と願う過去の回想を通した反省だと思う。

映画を撮影していて、

被害者家族の哀歓、つまり、
愛して可愛がった息子を、
理由もなく天に見送らなければならなかった、
被害者のお母さんの気持ちに思いを馳せずにいられなかった。

僕が被害者の家族の立場にたって、
本当に悔しいきもちで見ていた、その時間のなかで、
誰がウソをついているのか、
なぜウソをついているのか、
そこがいちばん気になった。

僕もそうだったのだから、
観客もやはり同じだと思う。

観客も、
チョ・チュンピルさんの家族に感情移入し、
チョ・チュンピルさんの家族の視線で
観るんじゃないだろうか、という気がする。



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紆余曲折の末、誕生した映画<イテウォン殺人事件>。
製作過程、そこが知りたい。



チャングンソク:

数年間、
社会的に話題のテーマに没頭したホンキソン監督が、
<選択>で一緒に仕事をしたイメンユ作家と対話中に、
前代未聞の殺人事件についてのテーマに夢中になって、
共同で仕事をスタートすることになった、とおっしゃっていた。

映画<イテウォン殺人事件>の製作過程を
簡略に整理するならば、

2005年から始まった
<イテウォン殺人事件>プロジェクトは、

2006年、
釜山国際映画祭MBCムービー賞をはじめ、
映画振興委員会企画開発費支援作に選ばれた。

以後、2008年末に、
映画振興委員会HD支援長編作として選ばれて、
撮影に突入することになった。

一方で、シナリオ執筆期間、
ホンキソン監督とイメンユ作家は、

当時事件にかかわった当事者のほとんどに
直接会って、取材を進めた。

チョ・チュンピルさんの遺族はもちろん、
実際のパク検事、当時彼を弁護した弁護士、

解剖検査での背中の状態についての
写実的なインタビューを通じて、
リアリティーの基盤を固めた。



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映画<イテウォン殺人事件>キャスティングでは、
チョンジニョンさんが比重の高い役割をしたそうだが。



チョンジニョン:

実は、この映画を選択することになったのは、
監督を信頼したからだ。

そこで、引き続き、ピアソン役には
<楽しき人生>で一緒に呼吸を合わせた
チャングンソクを推薦した。

その過程のなかで、
ホンキソン監督と共に徹夜して、
シナリオ修正にも参加するほどの愛着ができた。

その一方で、
<イテウォン殺人事件>は
事件の中心人物である二人の容疑者が
韓国系アメリカ人、というだけあって、

他の映画とはちがって、
英語のセリフがたくさんあるという理由で、
ピアソン役とアレックス役は
果たして誰ができるのか、

これは、かなり論争の的だった。

数多くの既存の俳優はもちろん、
新人オーディションを通じて
海外在住の韓国出身俳優、
人気グループの男性歌手まで、
キャスティング対象だった。

結局、私の粘り強い推薦を通じて、
完ぺきなピアソン役として
実際に留学したことがあるチャングンソクに
会うことになった。

反対に、
英語の実力はまだまだ不十分だったが、
イメージと根性で製作スタッフをひきつけた
シン・スンファンは、
途方もない努力をしてキャラクターを作った。

体重を増やすなどの容貌面だけでなく、
毎日僑胞(海外在住韓国人)に会って、
彼らの韓国語発音と英語発音を録音して
聞きに通う熱意を見せた。

私とともにする二人の後輩俳優が、
非常にすばらしく、努力していて、
映画をつくる間中、
本当にずっと幸せを隠すことができなかった。

時々こんなふうなエネルギーを通じて、
私も再び自覚するチャンスになるみたいだ。


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映画<イテウォン殺人事件>の中での役を演技していて
最も衝撃的な場面は?



チョンジニョン:

この映画は実話を土台にしているが、
映画はドキュメンタリーではない。

実際の事件があたえる無念さはあるが、
それとは違う、と判断できる。

例えば光州(クァンジュ)民主抗争を扱った映画があるが、
それがフィクションであるように、

映画<イテウォン殺人事件>も、
実際の事件日誌とは明確に異なる。

万一、それを疑った瞬間に
現実はねじれてしまうだおう。

"この映画の中で"と限定するならば、
パク検事の立場でのテーマは「反省」だ。

というのも、
見る影もなく不様に
容疑者を放置してしまったし、
最終的には
死亡した者の悲しみだけが
残ることになってしまったのだから。



チャングンソク:

向こう見ずな10代の青少年が
殺人を犯したにもかかわらずノコノコ嘘をついている、
ということが衝撃的だった。

それだけでなく、
逮捕した容疑者を、結局釈放することになった現実自体、
矛盾だらけでセンセーショナルなんじゃないか。

また別の視点でみると、
この事件は、韓米関係のせいで、
余計に悲劇的になってしまった感じがあった。

もしも、
韓国の中でも、
イテウォン以外の場所で起きた事件だったなら、
もっと簡単に事件が解決される可能性もあるが、

アメリカが関係した事件であり、
彼らが強大国なだから、

当時の韓国の実情のせいで、
そのまま彼らを解放しなければならない、
という現実に駆け上がってしまったようで、
それが遺憾だ。



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***

映画のモチーフになった
実際の事件'イテウォン ハンバーガー店殺人事件'


1997年4月3日
イテウォンBハンバーガー店トイレにて事件発生。

1997年4月3日夜11時頃
ソウル龍山区イテウォンドン、
Bハンバーガー店トイレで、

弘益大学休学中だった
チョ・チュンピルさん(当時23才)が
胸と首など9ヶ所を無惨に刺されたまま、
冷たい死体となって発見された。

当時ハンバーガー店に一緒に同行していた
ガールフレンドの情報提供を受けて、
捜査に入ったCID(米陸軍犯罪捜査隊)は、

有力な殺害容疑者として
米軍属人の息子パターソン(当時18才)を検挙。
調査を行った。

当時事件現場には
韓国系アメリカ人混血児パターソンと
在米同胞エドワード・リ(当時18才)の
ただ2人だけがいたことが明らかになった。
あったことと明らかになった。


10代未成年者のぞっとする快楽殺人!
二人の容疑者連行。


CID側は
パターソンと、
その日一緒にいた参考人を呼んで調査した結果、

パターソンが
アメリカ国内ギャング団であるノルテ14の団員であり、

決定打として、
パターソン自身が人を殺したと話すのを聞いた、
という参考人陳述などに基づいて、

パターソンを殺人犯、と目星をつけて、
身柄を韓国側に渡した。

また、事件発生数日後、
エドワードも韓国警察に参考人資格で現れたが、
韓国側検察は捜査の結果、

エドワード・リが犯人である、
として、米軍側の主張をひっくり返した。

捜査当時、彼らは、
事件現場にいたのは彼ら二人だけだった、
という点は認めながらも、

相手が被害者を殺害した。
自分は偶然殺害現場を目撃しただけだ。

といって、
互いに責任転嫁した。

関連陳述書を通じて、
彼らは、

パターソンが、
所持していたジャックナイフを持って遊んでいると、

「出て行って、誰か刺してみろ」
と背後から殺人をそそのかすような話を交わし、

誰かが、
「おもしろいものを見せてやる。ついてこい。
 I'll show you something cool, come with me.」

といって、

ちょうどトイレに行く
チョ・チュンピルさんの後を追い、
所持していたナイフで、何の理由もないままに、
チョ・チュンピルさんを刺して
現場で死亡させたことが明らかになった。

ここで、非常に衝撃的な点として、

人の多いハンバーガー店で、
おもしろ半分で人を殺害した彼らが、

なにごともなかったかのように
堂々とトイレから出て行き、
さらに、出てきたあとで、
彼らの行動について、
何も罪悪感を感じない、
という発言などをしたという点だ!


終わらない二人の容疑者の犯行否認証言、
決定的な陳述をした証人ランディの陳述翻意、
解剖検査を通した傷痕に基づいて
加害者が被害者より背が高いという点、
防御傷がないことから、
どっしりした体格の人間に一気に制圧されたという点、
嘘探知機調査結果、

などを通じて、

1997年4月26日
エドワードを殺人罪で、
共犯のパターソンは単純に、
凶器所持、証拠隠滅にともなう暴力罪で起訴した。

1997年10月2日、1審裁判所は、
エドワードに対して無期懲役を、
パターソンには懲役長期1年6月、短期1年を宣告した。

これに対し二人ともが控訴し、
1998年1月26日、控訴審裁判で、

エドワードは懲役20年、
パターソンは懲役長期1年6月、
短期1年をそれぞれ宣告された。

以後、
パターソンは控訴をあきらめて服役し、
服役中の1998年8月15日、特赦で赦免され、

エドワードは
証拠不充分を理由に大法院まで行ったあげく
1999年9月3日、最終的に無罪を宣告された。

10代の韓国系アメリカ人が行った、
ぞっとするような快楽殺人は、
このようにして12年が過ぎた今でも、
ベールに包まれたまま事件を終えられずにいる。



10代快楽殺人現場にいた二人。
10代韓国系アメリカ人容疑者たち。



容疑者1)
ピアソン
1979年生まれ/18才/韓国系アメリカ人(メキシコ界米軍)

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I'll show you something cool,come with me.

少し寒い天気のイテウォンの道ばたで
ピアソンはアレックスとともに、
イテウォン삼거리に位置するクラブに行き、
酒と麻薬をとることになり、
アレックスとともに危険な賭けをすることになる。

そして数分後、
彼らはクラブの下の階にある
ハンバーガー店で殺人を犯すことになるが、

アメリカのヒスパニック系ギャング団、
ノルテ14の団員と推定されるピアソンは、

本人が、
人を殺したと話していたのを聞いた、

という参考人の陳述と、
殺害道具を持っていた証拠に基づいて
最も有力な容疑者となる。

しかしピアソンは無罪を主張する中で、
冷静さと平常心を失わず、
あとから出て来る証拠からも、
次第に真犯人の疑惑を抜け出し始める。

だが、調査過程のうち、
当初は、ピアソンではなく、
アレックスを起訴しようとしていたパク検事は、
ピアソンが偽りの陳述をしているのではないか、
と疑いをもつようになるが…

彼は本当に
徹底的にその内面を隠した残忍な殺人鬼なのか?




容疑者2)
アレックス(A.J)
1979年生まれ/18才アメリカ国籍の韓国人

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僕は殺さなかった! 殺してないんだ!

100kgを越える巨体に、
不良期のただなかのアレックスは、
ハンバーガー店殺人現場の目撃者として
調査を受けることになる。

一方、
証拠を明らかにした解剖検査過程のなかで、
殺人犯が被害者を一度に制圧するほど力が強く、
被害者より背が高い人物である、
と明らかになり、
徐々にアレックスは不利な状況に追い込まれる。

一貫した陳述をするピアソンと違い、
PAPABOY(父親っこ)のような性格と、
感情コントロールができない行動で、
貧弱な主張をする彼をパク検事は第1容疑者だと目星をつける。







*****


映画「イテウォン殺人事件」
 演出ホン・キソン監督インタビュー。
 "遺族の傷をいじってしまうんじゃないかと心配で"



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チョ・チュンピルさん殺害事件を映画にした理由は。

2005年にインターネットを検索していて、
偶然にチョさんに関連したサイトを見ることになった。
未解決事件という点が微妙だった。
当時の、韓・米行政協定のように、
アメリカ問題を映画にしてみようと考えているところだった。

ところが、この事件は、
米軍が身柄をすぐに韓国警察に渡して協力した、という
異例の事件だった。

私がこの事件で注目したことは、
韓国人の血が混ざったアメリカ国籍の子供たちが見せた、
文化的アイデンティティだった。

面白半分で人を殺したのだ。

彼らの姿は、
現在のアメリカ文化と
韓国文化が混在した韓国の姿を代弁してもいる。



検事を主人公にした背景は?

どんな構成にするのか、
非常に悩んだあげくに、
葛藤する検事に焦点をあわせることにした。

実際のパク・ジェオ弁護士に会ってみると、
義侠心が強い方だ、という感じがした。

また、メインストリームの検事、というよりも、
組織と衝突するアウトサイダー的な検事のイメージを感じた。
それも印象的だった。



容疑者をどのように表現しようとしたか。

犯人を明らかにするのが重要なのでなく、
この事件の意味、二人ともを釈放することになった過程、
この子供たちの文化的微妙性などに焦点を合わせるのに注力した。

実際、心配が先んじてしまう。
被疑者だった二人ともがどこかで生きていて、
この期間にどんなふうに変わっているかもわからない以上、
誰かが大きな傷を受ける可能性がありうるのだから。

また、遺族にも
助けにならないどころか、
わけもなく、その傷だけを余計に触れてしまうんじゃないか、
ということが心配だ。



映画を撮影していて、難しい点はなかったか。

チョ・チュンピルさん事件は
私でなくてもインスピレーションをうけた人々が、
映画のテーマとして実にたくさんの関心を示していた。

めったにないことだと思ったのは、
いったん映画作業に入った昨年末から、
製作費用意からキャスティングまで、
すべてのことがサラサラと解決して行く感じだった、という点だ。
誰かが必ず助けてくれているようだった。





***


チョ・チュンピルさん姉チョ・ムノクさん
「映画をきっかけに再捜査が成立してほしい」



チョ・チュンピルさんが
ぞっとするような不意の事故で亡くなって12年の歳月が流れた。
しかし遺族の胸のなかに、チョさんは変わることなく生きている。

特に父親조송전さん(69)、母親イ・ポクスさん(66)は、
この12年間ただ一日として安らかに足を伸ばして
寝ることができなかった苦痛の毎日だった。

残酷な殺人犯を目前にしながら、
結局罰を受けさせられなかった、

という恨めしさと、
無念にも命を奪われたる一人息子の恨みを
正しく晴らせなかったという自責の感に、
彼らの顔には笑いが消えて久しい。

8月27日、自宅で会った
チョ・チュンピルさんの三番目の姉ムノクさん(38)は、
12年前の事件を思い出させて涙を流した。

ムノクさんは、
「弟があんなふうに死んだことも耐えられないことだったのに、
 二人のうちひとりは明らかに殺人犯なのに、
 その二人ともが釈放されてしまったという状況を見ていて、
 司法府に対する不信感ができたことはもちろん、
 大韓民国に生まれたことが本当に悔しかった」
と吐露した。


チョ・チュンピルさん事件をモチーフにした映画が
まもなく封切となるが、どんな心境か。


2年前に、
この映画のシナリオ作家が
私たちの家族を訪ねてきました。

映画製作のために、
家族の同意を求めようとしている、という話でした。

ですが、映画が公開されても、
事件が解決されるのではない上、
さらに、かろうじて抑えている傷が、
さらにぶり返すばかりな気がして反対しました。

ところが、母が、
許諾しよう、と言いました。

映画<殺人の追憶>や<あいつの声>のように、
実話を土台にした映画を通じて、
国民がその事件についての警戒心を高めたケースもあります。
しかも、犯人が誰かわからない、この二つ事件と違って、
チュンピルが事件は、二人のうち1人は確実に犯人なんです。

母は、
もしかしたらこの映画を通じて、
検察が再捜査をするかも知れない、

という、
細い細い希望をもっているんです。



控訴時効まで3年が残りますが。
時間が流れるのが悔しいでしょうね。


映画をきっかけに
再捜査が成り立つように願っています。

本当にお母さんの望みどおり、

検察に義侠心の強い検事がいて、

この映画封切をきっかけに、
チュンピルの命を奪った殺人犯を
今からでも逮捕して罰を受けさせるように
ならないでしょうか。。。


2009/08


*****

  → SBS「そこが知りたい/ イテウォン殺人事件 20091219」動画

  → 「そこが知りたい1000回記念/
             元MCだったチョンジニョンさん挨拶」












明日からハロパだ
空気ずれずれにも程があるから
しばし休憩ー??????
by aloetree | 2015-10-26 23:41 | イテウォン殺人事件。 | Comments(2)
空気ずれずれではずかしいので、
こっそりZIKZIN日記で失礼します。









この方の、
映画「イテウォン殺人事件」のレビュー。

法律を学ぶ大学生、という視点で、
授業で「イテウォン殺人事件」がテーマになったことから
書かれた"レビュー 兼 法律についての考察"みたいな感じ。

直接的に、
チャングンソクのことは出てこないし、長い。

けど、
読んでよかったレビューです。

この映画の意義を
とてもよく評価してらっしゃいます。

私自身は、
映画の見方について、
"ああそういう見方があるなあ"
と唸りながら読みました。









以下。
レビュー部分を翻訳。



(国際法の授業なので、
 政治的な言葉も出てきます。
 わたしは、
 ひとつの視点として
 シンプルに読みました。
 そういうのが心地よくない方は、
 ご覧にならないでくださいね)








*****

<イテウォン殺人事件>
殺人者は存在しなかった




元のブログ様
2015.06.15






・・・

とにかく、
僕が4点台の単位を受けた、
その学期に受講した授業の中に
「国際法各論」という授業があった。

あ、違うか。
ただ、その学期に聞いた授業じゃなかったっけ?

まあ、それは、
大して重要なことじゃないからおいといて、

いずれにしてもだ。
「国際法」の授業を教えてくれた教授は、
ものすごく情熱的(または熱血漢)で、
とてもおもしろい(または熱血漢)だった。

毎回の授業のたびに、
教材の内容に入る前に、
その週に話題になっている国際法関連のニュースを
スクラップしてきて、僕らとともに話をした。

うむ。。。
話っていうか...?

質問を僕らに投げかけるが、
しばしの静寂がながれたあとで、

いつも結局、
その質問にたいする答えも、
興奮した教授本人が直接答えてしまうような。

独島、FTA、難民の強制送還、ガザ地区、、、
などなど興味深いテーマについて、
すでに学んだ、あるいはこれから学ぶ、
国際法の立場から扱うその時間は、
僕の大学生活の中でも指折り数えるくらい楽しい時間だった。

そして、そんな時間のなかで扱った
たくさんのテーマの中に、

まさに
「イテウォンハンバーガー店殺人事件」があったんだ。


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1997年4月3日、イテウォンで、
ガールフレンドを送る途中のチョチュンピルさんは、
急にトイレに行きたくなって、
近くにあったハンバーガー店のトイレに入った。
だが、彼は、再びトイレから出て、
ガールフレンドを家まで送ることができなかった。
全身9カ所をナイフで刺されて、
血だらけのトイレの床に倒れた姿で発見されたからだ。
警察と救急隊員がまもなく到着したが、
チョ・チュンピルさんはすでに出血多量で死亡した後だった。

いったい誰が、
何の罪もない彼をそれほど無惨に殺害したのか..

チョ・チュンピルさんがトイレに入った後、
死体が発見される前までの間に、
そのトイレに入った人は、
混血系のアメリカ人・パターソンと、
韓国系アメリカ人エドワード・リの2人しかいなかった。

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事件翌日、アメリカ犯罪捜査隊(CID)に
匿名の情報提供が届く。

前日に、イテウォンのハンバーガー店で起きた
殺人事件の犯人は米軍軍属の息子でアーサーパターソンだ、
という内容だった。

この情報提供を基に捜査に着手したCIDは
最近パターソンが自分のナイフを友達にみせて自慢していた事実、
普段から血の気が多く暴力的な性格のせいで
よく問題を起こしていた、という陳述を獲得することになる。

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​"I'll show you something cool, Come with me."


特に、事件発生時刻に、
同じ建物の4階のBarから降りてきて、
友人たちとハンバーガーを食べ、
その場で自分のナイフを取り出してハンバーガーを切り、
「これで人だって殺すことができる」と誇示していたという
決定的な事実までもを把握することになる。

1992年に発生した
ユン・クミ事件により台頭した
駐韓米軍の犯罪に対する社会的問題と
駐韓米軍地位協定(SOFA)に対する改正運動が
次第に消えかかっていた時に起きた事件だったため、
CIDは直ちにパターソンを逮捕、尋問。
その過程において、
疑惑の事実の相当部分を自白させている。

そのようなCIDのすばやい動きがあり、
イテウォンハンバーガー店殺人事件容疑者パターソンは、
事件発生3日後の4月6日、韓国検察に引き渡しとなり、
報道機関や放送ではこれを大々的に報道し、
そのまま事件は終息に向かうかと思われていた。

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普段から、
息子エドワードと仲の良いパターソンが
殺人容疑者として逮捕されるのを
TVで観たエドワードの父は、
何日間も部屋に閉じこもって
様子を伺っている息子の行動に
疑念を抱き、彼を追及する。

結局エドワードが、当時、事件現場に
パターソンと一緒にいた、という事実を認め、
父親はすぐに弁護士に会ったあとで、
4月8日に彼を検察に自首させる。

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18才にすぎない青少年が、何の理由もなく、
罪のない人を殺害したこの衝撃的な事件は、
二人の容疑者のどちらもが検挙され、
簡単に終結を迎えるはずだった。

だが、事件は予想できなかった方向に流れてしまう。
さらに、大韓民国捜査機関が、
まともな捜査を進行させることができなくなり、
状況はますます複雑になる。

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捜査初期において、
英語での尋問をきちんとできず、
そのせいで捜査をまともに進めることさえできなかったし、

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 "I didn't."
 "What the fucker you say. You fucking killed him."
 "No, I didn't killed him."


決定的だったのは、
パターソンとエドワードがお互いに、

相手が被害者を殺害して、
あっという間の状況に、
自分は気が動転して何もできず、
ただそばに立っていただけだ、

と主張しはじめたことだった。

また、SOFA協定のせいで、
容疑者の友人たちなど、
関連者に対する調査や証人尋問に支障をきたした。

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韓国検察は、
二人を殺人の共同正犯として起訴しなかった。

パターソンは、
CIDで自分がこの犯罪について供述した内容を
強力に否認したし、

"犯人は背が高い人物である"という
法医学者所見を証拠として、

エドワードを殺人罪、
パターソンを凶器所持罪で起訴した。

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激しい法廷攻防の末、
1審ではエドワードの殺人疑惑を認めたが、
大韓民国大法院は証拠不充分を理由に無罪を宣告した。

パターソンは凶器所持が有罪で確定した後、
それ以上の控訴をあきらめて実刑を受けた。

実刑を受けている間に、
刑執行停止処分を受けて、出所したパターソンは、
担当検事のミスで、
法務部がパターソンに対する出国禁止延長措置をとらず、
出国禁止が解けた隙を利用してアメリカに出国してしまう。

そのようにして、
イテウォン ハンバーガー店殺人事件は、
これ以上容疑者に対しての身柄確保、
および捜査が困難な状況に置かれてしまったのだ。

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これに対し怒った
被害者チョ・チュンピルさん遺族は、
検察の無能を叱責して
国家を相手に損害賠償訴訟を請求した。

1審と2審では原告敗訴判決だったが、
大法院は
「担当検事の過失、
 そして遺族たちの精神的苦痛との
 因果関係が認められる」と判決した。

この訴訟は、検察捜査に対して
「違法だ」と判決した最初の判例だ、ととらえても間違いないだろう。

これ 以後にも遺族は、
事件の再捜査と
逃亡した有力容疑者パターソンに対する逮捕を
引き続き要求したが、

法務部と外交部は、
彼の身辺把握が不可能だ、という、
遅々とした不断な返事を繰り返すばかりだった。

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しかしSBSの「そこが知りたい」で、
この事件を扱った特集編を数回放送され、
事件は再び水面上に浮び上がり、

決定打となったのは、
2009年ホン・キソン監督がメガホンをとった、
映画「イテウォン殺人事件」だ。

この映画を通じて、熱い世論が沸き起こった。

結局、世論に押された形で、
法務部は米政府に犯罪人引き渡しを請求。

2011年6月、
パターソンはアメリカ警察に検挙された。

そして同じ年の10月から、
韓国に送還する手続きが進行された。

複雑な送還手順を踏む間に、
控訴時効が成立することを憂慮して、
韓国検察は2011年12月パターソンを殺人罪で起訴。

2012年10月、LA連邦裁判所は、
パターソンを韓国に送還するように判決。

パターソンが申請した人身保護請願も、
翌年の6月カリフォルニア連邦裁判所が敗訴判決した。

それでもパターソンが直ちに再控訴したせいで、
韓国に送還するまではまだ相当な時間がかかるものと見ている。

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映画についての他の人のレビューを読むと、

事件にあらわれた問題点を
そのまま余すところなく果敢に扱っておらず、
非常に消極的で、不明瞭だ、

といった批判が多い。

さぁ...
僕は、反対に、その部分を称賛したい。


SOFA協定に対する問題や、
当時不十分だった警察と検察の捜査に対する問題に、
もう少しフォーカスを合わせていたら、
もしかしたらもうちょっと世論を形成して、
大衆的な映画として興行をあげることができたかもしれない。

ただ、ひとつの殺人事件にすぎないが、
多くの論点が存在する事件であることは明らかだ。

最初から非常に話題になった大きな事件をもとに
製作された映画だから、
多少、センシティブな問題が多かったはずなのに、
立派な演出を通して、様々な問題をうまく表現した映画だ、
と思っている。

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映画の終盤にさしかかると、
両者の弁護士と検事の主張はますます信頼を失っていく。

弁護する本人たちすら、
自分の依頼人を疑い、混乱に陥るに至る。

だが、
誰が本当に犯人か、を明らかにすることは、
法廷がすべき仕事であって映画がすべき仕事でない。

ややもすると、
あいまいに濁したままで、
永遠に忘れさられるところだった、
この無念な事件を再び再照明させたことだけでも、
十分な役割を果たしたと考える。

映画では、
二人の容疑者のなかから真犯人を見極めて行く、
という厳しい捜査ドラマとして、

溺れてしまわないながらも、
緊張感を実によくキープしているし、
最後まで観客をうまく引っ張っていった。

多くの観客が、映画の結末を見て、
"虚しさ"を感じたんじゃないかと思う。

僕が考えるに、
この映画の結末から感じられる、
この"虚しさ"こそが、

この事件を扱うにあたって、
最も根源的な問題についての、
考察であり、ポイントなんじゃないだろうか、
ということだ。

少し残念な部分といえば、
この"虚しさ"がどこからくるのか、
という点について、
観客が考えてみることのできるような余地を
もうちょっとたくさん作ることができたんじゃないか、
ということだ。

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そもそもの最初からして、
狂いが生じた事件だった。

この事件は、
法律上の知識がほとんどない人間からみても、
その状況からいって、

パターソンとエドワードの二人が共犯である、

と充分に考えることができる。

オブラートに包まず書いてしまうと、

二人のヤツらのどちらととも、
そいつこそがそいつなんじゃないのか。

アメリカで
パターソンの送還裁判を担当したアメリカ検事は、
エドワードとパターソンが共犯であると思う、
と明らかにした。

あまりに遅すぎではあるが、

韓国検察も、
この二人が共犯で、

直接殺人をしたのがパターソン、
ナイフで刺せ、
と殺人をそそのかしたのがエドワードだと思われる、
と明らかにしている。

だが、すでにエドワードは
韓国大法院で証拠不充分として無罪が確定した状態だ。

ここで、
"無罪判決の翻意(くつがえすこと)"の部分について、
僕はちょっと混乱してしまって、

今でも熱心に勉強をしている상아꽃に
アドバイスを求めた。

「私には労働法のことしか聞かないで」

と言いつつも、
相当部分についてアドバイスをくれた。

刑事訴訟法上、
一事非再審理の原則があるため、

同じ事案については、
判決を翻意することはできないが、

他の懸案で再び控訴するならが、
判決翻意は可能、ということなんだが..

例えば、
交通事故死亡事件で、
殺人罪の疑惑で刑事訴訟法で提起して、
無罪判決を受けた場合でも、
過失致死で損害賠償請求する書を
再び提起できる、ということだ。

もちろん、
具体的な事案と違法性の構成要件次第では、
変わることがありうる部分だが。

とにかくこの場合には、
殺人罪の疑惑が無罪として、
大法院で確定してしまっているので、
一事非再審理の原則により、
エドワードを再び殺人罪で提起するのは不可能だ。

一行で要約して説明するならば、
最初から、
パターソンとエドワードの二人を
共犯として一緒に起訴していなければならない、
ということだ。


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すでに、
覆水盆に返らず、ということだ。

検察はこの二人を共犯として起訴しなかったし、
そこにあるのは、
お互いに相手を犯人だ、と語る容疑者の主張のみ。

いかなる証拠も存在しない。


映画でみなければならない
本質的な問題はここからスタートする。


'10人の犯人を逃したとしても、
 濡れ衣に悔しい思いをする1人をつくってはならない'



共犯として一緒に起訴されておらず、
それぞれが、殺人罪で、
お互いが殺した、と主張する法廷攻防が進行する場合、

有罪を確定できる
決定的な証拠が明らかにならない以上、
二人は無罪推定の原則により無罪を宣告されることになる。

ふたりがこんなふうに無罪判決を受けて、
本当にかまわないのだろうか。

濡れ衣に悔しい思いをする1人を生み出さないため?

それならば、
なんの理由もなく、彼らのうちのどちらかに殺害された
被害者チョ・チュンピルさんの無念はどうやって晴らすのか。

法哲学の勉強にハマっていたさなかに、
関心をもったテーマを今になって話そうとしても、
うまく整理できないが。

自然法と実際に施工される法律、
定義と法廷安定性...

僕もちゃんと理解できない部分を
むやみに書き散らかしてみても、
退屈なだけで、格別な意味はなさない、と思うから、
話をちょっと短くして、結論を出さなければならない。

といっても、
実は、結論が出ないから、
こうやって文章を引き伸びしているわけなんだけど..

もしかしたら、
最初から結論を出すことは不可能な問題なのかもしれない。

法、というものが誕生して以来、
休みなしに、ずっと持続している戦いなんだろう。


・・・


故チョ・チュンピルさんの冥福を祈ります。





*****

映画「イテウォン殺人事件」OSTより。
Face Off - Outsider のMV。










*****

映画の力の巻。

残りのふたつ。
グンソクさんとチョンジニョンさんのインタビュー。
明日明後日くらいに続けます。

KYな流れの日記。
失礼しました。
by aloetree | 2015-10-26 00:37 | イテウォン殺人事件。 | Comments(6)
ゆうべ再発してしまった。
映画「イテウォン殺人事件」熱。

空気ずれずれではずかしいので、
こっそりZIKZIN日記します。






***

ある記者さんの言葉が本当ならば、
映画「イテウォン殺人事件」出演後、

チャングンソクは
CM関係の仕事が激減したという。

(この記者さんの記事は、
 また後日あらためてアップ予定)




事件の映画化オファーに、
「こういうことは絶対に世間に知らせるべきだ」
という思いから出演を決めたグンソクさん。



低予算映画、として封切られた、
映画「イテウォン殺人事件」公開当時の、
興行観客数は・・・約53万5,323人。

一応、損益分岐点はあげたものの、
興行的には失敗といわれている映画。



映画化の許可を被害者遺族に求めた際、
ほかの家族が反対するなか、
許可をだしたのは、被害者のお母様。

そうして完成した映画公開当時の
被害者のお姉さんの言葉。

「この映画の公開が
 ひとつのきっかけになって、
 捜査が再開されたら、、、」

(詳細は明日以降アップ予定のインタビューに)



そして、
2011年10月。

事件発生から14年6ヶ月ぶりに、
容疑者が再度検挙。

 → 「イテウォン殺人事件」容疑者14年ぶりに検挙




さらに、
先月9月23日、
容疑者が韓国に送還。

「梨泰院殺人事件」のパターソン被告、16年ぶりに韓国送還




先日、10月19日の記事には、
被害者遺族の方々から、
この映画をつくった
ホンキソン監督へのひとつの言葉があって。

 → 記事「イテウォン殺人事件、当時の彼らは今…」より。

    "・・・チョさんの遺族は
      ホン監督を「恩人」と表現した"








ずっとずっと、
これらの記事を
追いかけて読んでいたら、

"映画の力"というものを
あらためてはっきりと、
感じる瞬間があったです。




まだ裁判が始まったばかりで、
その裁判も難航しそうな気配が濃厚で、
なにひとつ解決したわけではない。

そして、
今回、容疑者が捕捉されるにあたって、
この映画の関係者の方々のほとんどが
コメントなどを出していない様子。

(私が探した限りでは、
 監督さんも出演者の方々も、
 今回はコメント等をだしてない様子)





とてもデリケートなことだと思うので、
こういうの書くのってどうかなぁ…。
と迷ったけど。


私自身が、
読んでおいてよかった、、、
この出来事を解決してほしい、、、
と心から思うようになれたので。

今回、
新たに読んだ記事やら
インタビューやらを
まとめておこうと思いました。

このあと、
4つくらい記事が続きます。




イテウォン殺人事件OSTより。
City Hunter - Outsider(MV)





検索まとめ。
by aloetree | 2015-10-26 00:30 | イテウォン殺人事件。 | Comments(2)
読みたかったので翻訳。
文字数の都合で人名や役職など省略している部分あり。
ご興味ある方いらしたら、
適当翻訳、ひっそりご覧ください




2015年10月19日の記事。





元記事はコチラから。







イテウォン殺人事件、当時の彼らは今…
すべてを把握する犯人を逃した痛恨の18年…

ほとんどの関連者がインタビュー拒否
思いだしたくない記憶



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18年前に起きた"イテウォン殺人事件"の真犯人、
今回はとらえることができるのか。

1997年4月3日ソウル、イテウォンの
ファーストフード店トイレで、
大学生チョチュンピル(当時23才)さんが
凶器で刺されて死亡した。

当時、容疑者とされたのは、
米軍籍(米軍部隊勤務のアメリカ国籍民間人)の息子、
アーサー・ジョン パターソン(36・当時18才)と、
在米同胞エドワード・リ(36・当時18才)。

密閉された空間で起こったこの事件の
有力な容疑者とされた10代の少年たちは、
お互いに「自分は犯人ではない」と主張。

容疑者二人のどちらもが、
無罪あるいは刑執行停止として釈放され、
永久未解決事件のままになるところだったこの事件は、
容疑者パターソンが9月23日、国内に送還され、
新しい局面をむかえた。

パターソンは、
ソウル中央地方法院、
刑事27部審理で開かれた、10月8日の初公判で、

自身は無罪であり、
エドワード・リが犯人である、

と主張した。



事件担当刑事は死亡、担当検事は辞職

検察は、すべてをとらえた犯人を逃した、
という汚名を今回の再捜査でぬぐうことができるのか。

当時の彼らは、どこで何をしているのか。
その当時に戻ってみよう。

1997年4月3日午後10時頃、
大学生チョ・チュンピルさんは
ソウル 江南国技院図書館で勉強した後、
ガールフレンドを家に連れて行くためにバスで、
ソウル、龍山、イテウォンに行き、
近所のファーストフード店1階のトイレに立ち寄った。

その時2人の若い男が、
背後からついていきトイレに入った。

暫くした後、トイレで、
チョさんは携帯用ナイフで
右側首部位3カ所、胸部位2ヶ所、左側首部位4ヶ所を
刺されたまま血だらけで発見された。

119救助隊が到着した時には、
出血多量でなくなった後だった。


  ※
  チョ・チュンピルさん写真

  事件捜査担当のキムナックォンさん写真
  (当時の龍山警察署強力1チーム長)
  パク・ジェオさん写真 (当時ソウル中央地検検事)
  解剖監察医だったイ・ユンソン ソウル大医大教授の写真


事件翌日、4月4日、
米軍犯罪捜査隊(Criminal Investigation Command・ CID)は、

チョさん殺人事件の犯人が
米軍籍の息子パターソンである、
という匿名の情報提供を受けた。

CIDは、
パターソンを逮捕し、4月6日韓国警察に引き渡した。

同日、アメリカ出張から戻って来て、
パターソンがTVに出ている姿を見たリの父親、イ・某氏は、
パターソンが自分の息子としばしばつきあっていた友人である、
ということを思いだした。

イ氏は弁護士を呼んで相談した後、
4月8日に息子と検察に自首した。

そのようにして、
容疑者はパターソンとリの二人と目されていた。

4月10日、警察の現場検証。

リとパターソンは互いに
「犯人は自分ではなく、あの友達だ」
といって対向する主張をした。

パターソンは
「エドワードが、
 チョさんと目が合うやいやな、すぐに
 "なにかを見せる"
 といって後についていき、殺害した」と主張。

リは
「後からついて入ってきたパターソンが、
 ナイフでチョさんの首を数回刺した」と主張した。

当時、2人の友人たちはは事件直後
「彼らが遊びのつもりで人を刺した、
 と話していたのを聞いた」と述べた。

現場検証で確認できたのは、
彼らが何の理由もないままに、
無防備状態のチョさんを残忍に殺害したという点だった。


捜査を担当したキムナックォン当時ソウル、
龍山警察署強力1チーム長は彼らを"共同犯"
(犯罪構成要件に該当する行為を
 共同で実行した2人以上の人または、その行為)
と判断して検察に起訴。

ソウル、クムチョン警察署強力5チーム長として
在職中だった2011年10月13日、

キム刑事は"聯合ニュース"とのインタビューで

「凶器を所有していたこと、
 下水口に捨てたこと、
 血だらけの服を捨てようと試みたこと、等、
 様々な状況に見合わせると、
 パターソンにも殺人疑惑がある、と判断するほかはなかった。
 有力な容疑者であるパターソンとリの二人ともが、
 殺人事件と関連しおり、共同犯の疑惑がある、と見て、
 起訴意見として検察に事件を送った。
 だが、検事はちがったふうに判断したようだ」と話した。

キム刑事は
2013年3月17日交通事故で亡くなっている。


しかし当時捜査を担当した、
パク・ジェオ(57・司法研修院22期)検事の考えは違っていた。

法医学的所見(ソウル大法医学教室解剖検査結果)と、
嘘発見器の結果などを根拠に、
リが犯人である、と確信した。

1997年4月26日、パク検事は、

リに対しては、
チョさんを殺害した疑惑(殺人罪)を、

パターソンに対しては正当な理由なしで
凶器を所持した疑惑(暴力行為など処罰に関する法律違反罪)
リが犯行に使った凶器を米8軍領内下水口に捨てた疑惑(証拠隠滅罪)
適用して起訴した。

パク検事は、
春川(チュンチョン)地方検察庁(地検)、
全州チョンウプ支庁、ソウル中央地検、
清州(チョンジュ)地検などで8年間を
検事として在職して、2000年に辞職。

検事職を辞した理由は、
この事件の影響もあったという。

以後、彼は、
故郷である全北で弁護士として活動している。

パク弁護士の事務室にインタビューを依頼したが、
事務室職員は、

「この事件に関連してはインタビューをしない」
と応えた。

当時パク・ジェオ検事が、
リが犯人である、
と目星をつけるにあたり、
確信を与えたのは、

解剖検査医であった
イ・ユンソン(62)ソウル大医大教授の所見だった。

この教授は、
チョさんの身体で、
ナイフが刺さった首の傷が
上から下へと振り下ろされており、
2度深く刺した攻撃が
首の深部にまで貫通し血管が切られたのが致命的であり、

被害者の防御創(一撃を受けた被害者がこれを防ごうとしてできた傷)が、
無いことから見て、

相手は、
被害者(176cm)より背が高く、
力が強い人物である可能性が高い、と見た。

当時、パターソンは172cm63kgで矮小な体格であり、
リは180cm105kgの巨体であった。

検察庁法医学諮問委員会所属のこの教授は、
記者との通話で

「現在、裁判が進行中の事件であることから、
 報道機関とのインタビューは
 一切しないことにしている」と話した。

1997年10月2日、ソウル中央地方法院で、
リは無期懲役を、パターソンは懲役1年6ヶ月を宣告された。

98年1月26日、ソウル高等法院(ソウル高裁)では、
リが懲役20年の刑、
パターソンが懲役長期1年6ヶ月・短期1年を宣告された。

しかし大法院刑事2部(主審イ・ヨンフン)は、
98年4月24日、

「エドワードが直接殺害した、
 と断定するだけの証拠が不十分であり、
 単独犯と認定したところには違法性がある」

として原審をやぶり、
事件をソウル高裁に差し戻した。

ソウル高裁刑事4部(裁判長ソン・キホン)は、
98年9月30日破棄控訴審でリに無罪を宣告した。

釈放の翌年、1999年3月、
国内のある大学に入学したリは、
以降、結婚し、息子をもうけ平凡な家庭を設けており、
アメリカと韓国を往来して暮らしている。
パターソンの公判が開かれる1ヵ月前の今年9月には、
国内に戻っており父親と過ごしている。

10月8日の公判に傍聴人として参加した
リの父親イ氏は取材陣に対して

「検察から(息子の)証言を要請されれば
 当然する。
 真実を明らかにするためにできることは
 なんでもやるつもりだ」と述べている。



*****

インタビュー/
被害者チョチュンピルさん母親イポクスさん

1997年4月3日以後人生が止まった。


「法廷であいつの顔を見ると思ったら
 胸がドキドキして熱があがりました」

母親が笑うことができるのはいつだろうか。
故チョ・チュンピルさんの母親イポクス(73)さんに
初めて会ったのは2011年10月、

アーサー・ジョン パターソンが
アメリカで逮捕され、
裁判所で犯罪人引き渡し裁判を受けている、
という便りが聞こえてきた後だった。

当時イ氏は、
「犯人が誰でも関係ない。
 ただ息子の悔しさを晴らしたい」と話した。

受話器の向こう側から聞こえてくるイ氏の声は
くぐもっていた。

「二人のうちの1人が犯人でなければ、
 誰なんでしょう。
 
 エドワードは
 大法院まで行って無罪だと出て来たが、

 二人のうち1人というならば、
 パターソンが殺したことでしょう。

 こいつが罪がないならば、
 どうして逃げたんでしょう。

  裁判の時、
 パターソン側の弁護士の言葉がありました。
 "チュンピルがパターソンの夢にしばしば出る"と。
 
 自分が殺したからそうなんじゃないでしょうか。
 どうしてチュンピルが自分の夢にでるのか。

イ氏は裁判の過程に対しても不満を表わした。

「以前、末娘が、
 チュンピルの持ち物を探しに警察署に行ったが、
 手帳だけを渡されたんです。
 "カバンと本があると思うんですが"といったら、
 "カバンと本には血がすごくたくさんついている。
 それを見たら胸が痛むんじゃないか。  
 探しにいかないほうがいいだろう"
 そう言われて、探してこれませんでした。
 
 ところが、パターソン側の弁護士が
 "カバンを下ろして…"などといって、
 その話でパターソンが気の毒な人間だ、
 と強調するので、ああ…。
 私たちのように、
 直接見聞きした当事者より知っているとしたら、
 どれほどなにもかもがわかるはずでしょう。
 気の毒な人間が人を殺したら、免罪符になるのですか?

 腹が立ってしまい、
 パッと言葉が出かかったけれど、
 法廷だから静粛に、静粛に、、といわれて」

イ氏は、
「これまで検事様を信じていたが失望が大きかった。
 今回の事件を担当した検事様は物静かだった」

といって、
一抹の期待を手放さなかった。

当時の事件を受け持った検事たちが
「パターソンは、もともと慎ましい子供だったが、
 両親が離婚した後でさまようようになった」といって、
逆に被疑者のえこひいきをしたり、

パターソンが出国したのに
「まだ出国してなかった。
 出て行ったとしても仁川国際空港に出て行く」

と嘘をつき、
誠意がない態度を見せられたことに、
傷が残っている、といった。

彼女は、息子の殺人事件について、

国会国政監査にたくさんの質問をした
チュ・グァンドク前議員、
映画"イテウォン殺人事件"を製作した
ホン・キソン監督、
SBS TV "それが知りたい"製作スタッフ、

をはじめとするマスコミに謝意を表した。

息子がなくなったあと、
1ヶ月に1、2度ずつ息子が眠る寺を訪れてきたイ氏。

もともとよくなかった腰の状態が悪化し、
手術をしてからは、膝の具合も悪くなり、
今年は特にほとんど訪れることができなかった。

老母が、
丈夫でないからだをひきずって向かう先は
寺ではなく裁判所だ。

「他の人たちは、
 とっくに忘れて暮らしているけど、
 みんな他人の子供の話だからそれが可能なんでしょう。

  死んだことだって悔しくてつらかったが、
 それだけでなく、
 容疑者は結婚して自分の家庭をつくり、
 よい生活をしているという。
 忘れるなんて可能ですか?
 それだけを見ても、
 頭がぐちゃぐちゃになる状況なのに…
 
 私の子供がそんな目にあったのだから、
 絶対に忘れることなんてできません」


*****


出国停止延長うっかりした検査


パターソンの素材を把握していながら、
犯罪人引き渡し要請が遅れたのは、
イ・クィナム法務部長官の時のことだ。

当時、
長期1年6ヶ月、短期1年の懲役刑を受けて
服役中だったパターソンは、

刑執行停止で1998年8月15日に釈放され、
天安(チョナン)少年刑務所を出た。

8・15特別赦免期間で出所したため、
赦免を受けたことと思われたが、

パターソンは、
赦免ではなく、刑執行停止によって出所した。

当時の法務部長官はパク・サンチョンさんで、
彼は98年3月から99年5月まで、
第47代法務部長官を歴任した。

2年間の判事生活をして、
66年光州地検で検事生活をスタートし、
光州地検、順天支庁の庁長を最後に退任した。

それ以降は、
13~16代、18代と、
5選の国会議員を過ごしたし、

民主党代表と新しい政治民主連合常任顧問を
歴任した後、今年8月4日に持病で亡くなっている。

リの無罪が確定するとすぐに
1998年11月9日、チョさん遺族は、
パターソンを処罰してほしい、
という告訴状をソウル中央地検に出した。

ところが、パターソンは、
検察が出国停止を延長しなかった合間の期間を利用して、
99年8月24日金浦国際空港を通じてアメリカに出国。

その年の12月24日、チョさん遺族は、
検察が出国停止延長を適切に行わなかったために
パターソンがアメリカに逃げた、とし、

キム・ギョンテ、ハン・ドンヨン検事を
職務遺棄疑惑でソウル中央地検に告訴したが
無嫌疑として決定された。

当時ソウル中央地検刑事3部長は
クォン・ジェジン(62・司法研修院10期)前法務部長官だった。

その年の6月から
刑事3部を引き受けたクォン部長検事は、

「出国禁止を延長しなかったことで、
 容疑者をのがしたことは誤りであるだけに、
 真相を調査をする」と明らかにした。

彼は1983年、
ソウル中央地検南部支庁で検事生活を始めて、
2009年にソウル高等検察庁検事長を退任した。

同じ年、
イミョンバク政府大統領秘書室民政首席秘書官を担当、
2011年8月から2013年3月まで、
第62代法務部長官を歴任したし、
2013年6月ソウル、鍾路区に個人弁護士事務所をひらいた。

クォン弁護士の事務室に
当時の事件に対するインタビューを要請したが
答弁は得られなかった。

当時クォン部長検事の刑事3部の検事であり、
パターソンの出国禁止延長をしなかったのは、
キム・ギョンテ(50・司法研修院22期)ソウル中央地検検事だった。

キム検事は、
共に仕事をしていた捜査官が、
遊興酒屋事業主からワイロを受け取り
拘束されたことに衝撃を受けていたし、

特捜部人事移動を控えて
引受や引継に忙しく、出国停止延長申請ができなかった。

当時の状況を聞こうと、
インタビューを要請したが
返事を受けることができなかった。

パターソンがアメリカに発ち、
チョさん遺族は、
「検察が出国停止期間を延長しなかったせいで
 パターソンが逃走した」として、

国家を相手に損害賠償請求訴訟を起こし、
裁判所は遺族に対して3400万ウォンを支給するとして、
原告の一部勝訴判決をした。

ソウル高裁民事9部(裁判長イ・インボク)は
「検察の違法な職務違反行為と
 原告が真相究明機会をなくすことになり得た、
 精神的苦痛の間には相当な因果関係がある」と判断し、
2006年大法院確定判決を受けた。



  ※写真
   イテウォン殺人事件の被疑者、
   アメリカ人アーサー・ョン パターソンが
   9月23日未明、
   仁川国際空港を通じて国内に送還された。


パターソンが出国した事実を知っていながら、
遺族に対して、国内にいる、と話したのは、
ハンドンヨン(54・司法研修院23期)ソウル中央地検検事だ。

ハン検事は記者との通話で

「特に話すことはない。
 当時、パターソンが逃げた後で、
 事件を担当することになったが、 
 何ができたというのか。
 今後はこの件で電話をしないてくれ」と話した。


2009年9月10日、
この事件を題材として、
ホン・キソン監督の映画
「イテウォン殺人事件」が封切りとなった。

俳優チャングンソクがピアソン(パターソン)、
ソン・チュンギが被害者チョさん役を担って注目されたが、
興行には失敗した。

興行以上に貴重なことは、

この映画によって、
忘れ去られていた事件に
再びスポットが当たった、
という点だ。

チョさんの遺族は
ホン監督を「恩人」と表現した。

2009年10月15日、
ソウル中央地検は米法務部から
パターソンがアメリカ裁判所で裁判を受けている、
という情報を伝達された。

しかし、
その年の12月、
国会法制司法委員会(法司委)から質問があるまで、
法務部は犯罪人引き渡し要請をしなかった。

当時、国会法司委所属だった
セヌリ党チュ・グァンドク(55・司法研修院23期)前議員は
国政監査で法務部が
パターソンについて早期に把握していながら、
いまだに犯罪人引き渡し要請をしない点を指摘した。

当時イ・クィナム(64・司法研修院12期)法務部長官は
「(犯罪人引き渡し要請を)最大限はやくする」と答えた。

イ前長官は、
2009年9月から2011年8月まで
第61代法務部長官を歴任した。

2011年に退職したイ前長官は
LKN法学研究所で弁護士として活動している。

チュ前議員は記者との通話で
「無法地帯でもなく、
 怨恨関係の図もなかった、
 希望に満ちあふれた若者が、
 ハンバーガーショップに入った罪で、
 無惨に犠牲になった、という点について、
 国民の一人としてで恥ずかしさを感じた。

 共謀共同犯について、
 大法院の判例がある、と検察で、
 二人を共犯として起訴していたら、
 どうなっていただろう、

 そう思うと、無念さを感じる」

と述べた。
また、チュ前議員は、

「パターソンが赦免だといったり、
 刑執行停止だと言葉を変えたり、
 リが無罪を受けたのに、
 パターソンを追加起訴もしくは、
 出国禁止延長をしなかった司法当局の無関心も問題だった。

 アメリカで探せない、というパターソンの消息も、
 インターネット上で発見した。

 司法府の誰かひとりでも、
 事件に注目していたら、こうしたことは起きなかった」

として、無念を表した。

  
  ※写真
   映画「イテウォン殺人事件」演出のホンキソン監督
   イテウォン殺人事件再捜査を引き受けた釜山高等検察部長検事
   パターソンの弁護を引き受けたオビョンジュ弁護士
   (左側から)



パターソン送還の
いちばんの功労者は彼の「失敗」


ソウル中央地検刑事3部(パクユネ部長検事)は
2011年12月22日パターソンを殺人疑惑で起訴した。

米裁判所は2012年10月22日、
犯罪人引き渡し許可を決めたが、

パターソンは
これと別個に人身保護請願を提起した。

パターソンの請願は、
2014年6月の第1審と今年5月の控訴審ですべて棄却され、
7月の再審申請も受け入れられなかった。

パターソンはこの過程で
犯罪人引き渡し決定の執行停止申請をしなかった。

アメリカ犯罪人引き渡し関連法によれば、
人身保護請願を提起するには、
犯罪人引き渡し執行停止申請をしなければならず、
各審決以後2ヶ月内にこれを延長しなければならない。

パターソンは1審と控訴審直後には
犯罪人引き渡し執行停止申請をしたが、
控訴審で敗れた後には、
期間が満了する時まで犯罪人引き渡し執行停止申請をしなかった。

このようなパターソンの失敗がなければ、
今もまだ彼は国内に送還されることはあり得なかっただろう。

法務部は、米当局と協議の末、
パターソン送還が決定されたと明らかにした。

法務部は
国際刑事課所属検事1人と捜査官4人で構成された
引き受けチームをアメリカに送り、パターソンの身柄を譲り受けた。

9月21日午後11時30分(現地時間)、
法務部国際刑事課イジヒョン(39・司法研修院33期)検事は、
パターソンが大韓航空KE012便で出発するとすぐに拘束令状を執行した。

パターソンは9月23日、
仁川国際空港を通じて国内に送還された。


ソウル中央地検は、
2011年12月当時、パターソンを殺人疑惑で起訴した
パクチョルウォン(43・司法研修院27期)釜山高等検察部長検事を
裁判に投じた。

事件の控訴維持は
ソウル中央地検刑事3部(部長検事イ・チョルヒ)が担当する。

再捜査当時、
ソウル中央地検刑事3部長は
パク・ユネ(49・司法研修院22期)水原地検・平沢支庁長で、
パク部長検事は副部長検事だった。

ある法曹界関係者はパク検事について、
「検事検査という地位をつかって、
 何かをしようとするスタイルではない。
 真正性と正義感があり、
 馬鹿正直に熱心に仕事をする検事」と評した。

一方パターソンは弁護人3人を選任した。

パターソンの弁護を引き受けたのは、
検事出身のオ・ビョンジュ(59・司法研修院14期)
OK連合法律事務所弁護士だ。

オ弁護士は10月8日初公判で
「被害者を殺害した人物はエドワード」とし、
パターソンを弁護した。

パターソンの次の公判準備期日は
10月22日に予定されている。


犠牲者はいるが殺人者が存在しなかった事件。

リはすでに
殺人疑惑について無罪判決を受けており、

パターソンがたとえ真犯人だとしても、
証拠が不充分ならば殺人疑惑を立証しにくいこともある。

最悪の場合、
二人とも無罪になる可能性もあるという話だ。

法曹界のある関係者は
「当時、検察は、エドワードを真犯人と感じて捜査した。
 捜査機関が予断して、捜査を進めてしまった場合、
 それ以外の他の証拠を無視する傾向がある。
 その間に、真犯人は証拠をなくすことに忙しく、
 後になってから真犯人を捕まえても、
 証拠がなかったり、あるいは、
 証拠隠滅罪だとしか処理できないケースが発生する」

と話した。

検察の肩が重くならざるをえない。
今回は過去の失敗を繰り返してはいけない。


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イテウォン殺人事件/ 18年間の記録

△1997年4月3日=チョ・チュンピルさん
 ソウル、イテウォン ファーストフード店トイレで
 凶器で凶器で刺され死亡

△1997年4月26日=
 ソウル中央地方検察庁(ソウル中央地検)
 エドワード・リ(殺人疑惑)と
 アーサー・ジョン パターソン(凶器所持および証拠隠滅疑惑)起訴

△1997年10月2日=
 ソウル中央地方法院、
 リに無期懲役、パターソンに懲役1年6ヶ月宣告

△1998年1月26日=
 ソウル高等法院、
 リに懲役20年、パターソンに懲役長期1年6ヶ月・短期1年宣告

△1998年4月24日=
 大法院、リに対する控訴審判決破棄送致

△1998年8月15日=
 パターソン、刑執行停止決定で天安少年刑務所から釈放

△1998年9月30日=
 ソウル高等法院、リに無罪宣告

△1998年11月9日=
 チョさん遺族、パターソンを殺害疑惑で告訴

△1999年8月23日=
 ソウル中央地検、
 パターソンに対する出国停止延長申請看過

△1999年8月24日=
 パターソン、金浦国際空港を通じてアメリカに出国

△2002年10月17日=
 ソウル中央地検、パターソン起訴中止

△2009年9月10日=
 映画「イテウォン殺人事件」封切

△2009年10月15日=
 ソウル中央地検、
 アメリカ法務部からパターソン確認

△2009年12月29日=
 ソウル中央地検、
 アメリカ法務部側に犯罪人引き渡し請求

△2011年5月17日=
 パターソン、米ロサンゼルス(LA)で逮捕

△2011年11月2日=
 パターソン、米裁判所犯罪人引き渡し裁判に回付

△2011年12月22日=
 ソウル中央地検、パターソンを殺人疑惑で起訴

△2012年10月22日=
 米LA連邦裁判所、犯罪人引き渡し許可決定

△2015年9月23日=
 パターソン、仁川国際空港を通じて送還
by aloetree | 2015-10-22 00:02 | イテウォン殺人事件。 | Comments(6)
夜。
クリックの時間。

わたしもだ。
感慨がひとしおだ。

過去のインタビュー
ひっぱりだした記事なだけだけど。。。


大人はいいなー。
夜ずっと起きててもなんもいわれんー✨








イテウォン殺人事件パターソン役チャン・グンソク
「事件に警戒心を与えたことがうれしい」


イテウォン殺人事件チャン・グンソク
「パターソン役、僕が引き受けたので感慨もひとしおだ」


チャン・グンソク インタビュー再注目
 「容疑者起訴の便りに妙な気分だ…」


イテウォン殺人事件、パターソン初公判、
再構成された映画の中でのチャン・グンソクの目の演技


イテウォン殺人事件、チャン・グンソク インタビューに再注目
「二重的なキャラクターに魅力を感じた」


イテウォン殺人事件、チャン・グンソク
「映画が話題を投げかけたようで感無量」


イテウォン殺人事件、パターソン役、
 チャン・グンソク インタビュー注目


イテウォン殺人事件パターソン8日初めての裁判…
チャン・グンソク「格別な気持ち感じた」過去の発言再照明


イテウォン殺人事件チャン・グンソク、
過去発言注目"容疑者起訴の便り、妙な気分だった"


イテウォン殺人事件、チャン・グンソク インタビュー再び話題
"二重的キャラクター魅力感じた"


イテウォン殺人事件パターソン演じたチャン・グンソク
「僕が引き受けた役だから気持ち格別で」


「イテウォン殺人事件」
殺人容疑者演技したチャン・グンソクどうだったか




***

イテウォン殺人事件チャン・グンソク
「パターソン役、僕が引き受けたので感慨もひとしおだ」


2015.10.08 12:20:10


16年ぶりに国内送還されるイテウォン殺人事件容疑者の便りに
過去、同名の映画の中の主人公チャン・グンソクが話題だ。

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2009年の作品である「イテウォン殺人事件」は
実際のイテウォン殺人事件を背景に製作した映画だ。

チャン・グンソクは
この事件の被疑者ジョンパターソンをモチーフにつくった
ピアソン役を担って熱演した。

特にチャン・グンソクは、
去る2011年、パターソンが再起訴されたことに関連して、
ある媒体とのインタビューで、

「社会的なメッセージを投げた映画が
 フィードバックを受けたという事実に感慨が新ただ。
 人々の記憶の中から忘れさられる可能性のある事件に
 警戒心を与えたことがうれしい」

と強調した。 また、

「イテウォン殺人事件のパターソンは
 僕が引き受けた役なので気持ちが格別だった」

と付け加えた。

一方、「イテウォン殺人事件」の真犯人と指定された
アメリカ人、アーサージョンパターソン(36)の
初めての裁判が8日開かれる。

ソウル中央地方法院刑事部27部(シム・キュホン部長判事)は
この日午前10時30分、417大法廷で初めての公判準備期日を開く。

刑事事件公判準備期日には被告人の出席義務がないが、
通常、拘束被告人は準備期日から法廷に出てくる慣例があるため
パターソンも出席すると予想される。


***

「イテウォン殺人事件」の真犯人と特定された
アメリカ人アーサージョンパターソン(36)の
初めての裁判が8日開かれる中で、
同名の映画も多くの注目を集めている。

去る2009年に封切りの映画
「イテウォン殺人事件」は
ホン・キソン監督がメガホンをとり、
チョンジュニョン、チャングンソクが出演して、
当時多くの映画関係者の関心を引いた。

特にチャン・グンソクは
「イテウォン殺人事件」で
容疑者アーサージョンパターソン役に
キャスティングされて映画で熱演した。

映画でチャン・グンソクは
イテウォンのハンバーガー店トイレで
被害者を殺害した疑惑を受けるが
同行していた他の人間を(犯人として)指定して、
殺害疑惑から巧妙に抜け出す。

しかし、この後、映画の中の再構成場面では
チャン・グンソクがナイフを持って血まみれなった場面が出てきて、
真犯人が誰なのか、ということについて気がかりを増長させた。


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***

イテウォン殺人事件、
チャン・グンソク インタビューに再注目
「二重的なキャラクターに魅力を感じた」



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「イテウォン殺人事件」チャン・グンソクの姿が視線を集めた。

俳優チャン・グンソクが
映画「イテウォン殺人事件」を選択することになった理由について、

イテウォン殺人事件を通じて
「二重的なキャラクターに魅力を感じた」と明らかにした。

チャン・グンソクは過去ソウルで開かれた、
「イテウォン殺人事件」製作報告会に参加して、

「シナリオを読むやいなや
 ピアソンの役に挑戦してみたかった。
 ピアソンのキャラクターで俳優として、
 もう一歩成長できると思う」

と明らかにした。

「事務所にあったシナリオを偶然読んだ。
 幼い頃から推理劇が好きだった。
 シナリオを読んだがピアソンの役に欲が出た。
 ほとんど悪役ということだが、
 悪役というよりは二面的な姿を秘めた人物」

と説明した。
引き続き、

「ピアソンは明らかに、
 異なる二面的な姿を持っている。
 今回の映画を通じて
 俳優として一段階成熟できると思う」

と付け加えた。

これと共に彼は映画キャスティング秘話を打ち上げた。
彼は、

「チョン・ジニョン先輩が僕を推薦してくれた。
 チョン・ジニョン先輩とは
 映画「楽しき人生」で一緒に呼吸した。 尊敬する先輩だ。
 今回の映画を選択した後で、
 映画会社「朝」コジョンスン代表とイジュンイク監督から電話がきた。
 良い選択だ、と言っていた」

と話した。

チョン・ジニョンはこれと関連して
「ホン・キソン監督がチャン・グンソクについて尋ねた。
 その当時ホン監督に "そうなったらいいと思う"と返答した。
 キャスティングは監督の領分だ。 僕は関与をしない。
 チャン・グンソクが出演すると決めたんだ。
 チャン・グンソクと会って、ありがとう、と伝えた」

と答えた。

チャン・グンソクは
劇中イテウォン殺人事件の容疑者のうちの1人、
韓国系アメリカ人ピアソン役を担った。


***


「イテウォン殺人事件」の真犯人として指定された
アメリカ人アーサージョンパターソンの
初めての裁判が開かれて話題の中、
過去のチャン・グンソクの演技も注目を集める。

去る2009年、映画「イテウォン殺人事件」で、
チャン・グンソクはある大学生を殺害した疑惑を受けた
容疑者ピアソン役を担って熱演を広げた。

12年前の実際の事件をモチーフにした
この映画の主人公を演じたチャン・グンソクは
狂気に満ちた微笑と殺気をおびた目つきを見せて熱演した。

チャン・グンソクは"美男青春スター"のイメージが強かったが、
衝撃的事件の中心に立った殺人容疑者を演技して
一風変わった変身に挑戦した。

一方、アーサージョンパターソンは、
1997年4月3日ソウル龍山区イテウォンのファーストフード店で
大学生チョ・チュンピルさんを殺害した疑惑を受けている。




*****

関連の日記。

 イテウォン殺人事件パターソン被告16年ぶり韓国送還












*****


長期的にグンソクさんを観察することの醍醐味。
きっとこういうところにある。私は興味満々じゃ。

イテウォン映画の頃をリアルタイムでは知らんけど。
ここから未来にかけての時間のお話、ってことで。





昨晩から2夜連続で、
映画「ユージュアルサスペクツ」を観てる。

ユージュアルサスペクツを流しながら、
グンソクさんのイテウォン殺人事件の記事をコピーする。

うーん。
なにも足さないなにも引かない。
ネスカフェゴールドブレチャン✨✨✨


ケヴィン・スペイシーも
スティーヴン・ボールドウィンも
ベニチオ・デル・トロも

新しい出現にギラッギラしてる
祝福された映画。いつみても発見満載。

グンソクさん演じる
「ヴァーバル・キント」役も観たい観たい観たい。

あと15歳くらい歳を重ねたグンソクさんが
ヴァーバルキントを演じたら、ゾクゾクすると思うよー。

またアホなこと書いちゃった。
ここだけの日記www
by aloetree | 2015-10-08 22:44 | イテウォン殺人事件。 | Comments(10)
出演者の1人として、
グンソクさんももちろんですが、

この映画が
なにかのきっかけになったとすれば、
そこには監督様の熱意が
たくさんあったのだと思ってます。

どうぞ、
監督様や
チョンジニョンさんの記事にも
ご注目くださいませー。




*****


2014.01.27
ソウル芸術実用専門学校の公式ブログ様です。





演劇映画科<イテウォン殺人事件>監督!
韓国のケンローチ'ホンキソン監督'特講実施!




掲載元


俳優ならば
必ずや一度は作品を一緒にしてみたい監督!
韓国のケンローチと呼ばれるホン・キソン監督の演劇映画科特講!


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(イテウォン殺人事件の監督!ホンキソン監督の特講実施)


こんにちは!
皆さん~

去る24日!
演劇映画科予備新入生だけのための
特講が実施されましたよね?

特講前から多くの予備新入生が関心を持ち、
場内が満場になるほど!

2014学年度演劇映画科予備新入生が
たくさん参加したんですが!

今回の特講では
<イテウォン殺人事件>の監督である
ホン・キソン監督が特講まで続いて、

本当にめちゃめちゃ楽しく、
愉快な時間を過ごしたということ!

一緒に特講の中に
はいってみましょうか!


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2014学年度、
書道展予備新入生のための
'SARTから来たあなた'特講は、

演劇映画科、
入学前の学科体験もしてみることができるだけでなく、
各分野の名士による特講までつながる、
実に意味深い時間なわけですが!

今回の名士特講では
ホン・キソン監督がご一緒しましたよ!
演劇映画科学生たちは、
放送映像学部予備新入生たちと一緒に
特講を聞くことになったそうです!


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特講の便りに先立ち!
演劇映画科とともに

韓国のケンローチ、
ホンキソン監督について
調べてみる時間を持ちましょうか?

ホンキソン監督は
<風が吹く>、
MBCミニシリーズ<鳥よ鳥よ青い鳥>、
<3番目の視線>等の脚本、

<イテウォン殺人事件>、
<3番目の視線>、
<選択>、
<가슴에 돋는 칼로 슬픔을 자르고>等、

監督を兼ねながら、
少ない作品製作数にもかかわらず、
国内最高の監督と呼ばれる方です!

その実力の程度なだけに、
映画人なら必ず受賞したいと願う、
第 8回釜山国際映画祭 PSB映画賞、
百想芸術大賞脚本賞などを授賞されてきた方です!

それだけに、
今回の演劇映画科学生たちのための特講が
非常に期待されましたよ!


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ホンキソン監督の映画観、
そして、演劇映画科予備新入生のための
特講の理解を助けて、

より一層愉快な特講にすることができるように
<イテウォン殺人事件>を鑑賞する時間を持ったんですよ!

映画<イテウォン殺人事件>は
ホンキソン監督が、
実際起きた出来事を
社会批判的な見解で見せてくれる映画なんです!

韓国社会の断面を見せて、
社会問題について新しく解明した
ホンキソン監督の作品は

演劇映画科学生たちにとって、
新たな視線として差し迫って来たということです!


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(「俳優、演技者たちの役割の重要性?」)


特に、この日、
演劇映画科学生たちが、

映画製作における、
演技者とシナリオ、演出、編集など、
各分野に至る部分での、
共同作業の重要性について
聴いてみる時間を持ったんです!

その中で、
演技者の役割の重要性についての実質的な助言を聞いて、
演劇映画科学生たちは多くの悟りを得たそうです!

数十年間積み重ねてきた
独自の経験に基づいた話をして、
直接身体に届くほどの感じだったそうです!


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まだまだ、
演劇, 映画, 演技などについて、
スタート段階の予備新入生たちにとっては、
実に申し分ない特講だったのです。

演技者として
夢を育てていく演劇映画科学生たちにとっては、
本当に多いに役に立った時間だったそうです!

ホンキソン監督にとっても
本当に良い時間にあったということですが。

演技者としての目標を持った、
予備新入生たちの情熱と可能性に
非常に驚いた、ということです!

ホンキソン監督とともに
作品をできることを祈って〜!

今日の消息を終えますよ:)





ケンローチ監督



ホンキソン監督



*****

イテウォン殺人事件
アーサーパターソン被告16年ぶり韓国送還関係の記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150923-00022020-hankyoreh-kr

韓国インターネット記事まとめ




イテウォン殺人事件
パターソン被告送還にともなうグンソクさん関連記事







*****


以下。
過去の関連日記たち。

(記事と関係ない私のバカ話も
 まざってますが〜)


映画製作実現に至るまでの
ホンキソン監督の奮闘など。




「イテウォン殺人事件」製作ノート & 「真実の行方」



ホンキソン監督記事



チョンジニョン「イテウォン殺人事件はマッコリスリラー」



「イテウォン被害者遺族についての記事」









*****


以下は、
イテウォン殺人事件と
グンソクさん関連の日記。


チャングンソクは
やさしくなんかない〜。
めちゃめちゃひんやり
冷徹観察お目目の持ち主。
怖い怖い怖い俳優さん。
(ビバ!おもいっきり主観)





チャングンソク「イテウォン殺人事件」主演抜擢

「イテウォン殺人事件。幸せな作業だった」

「殺人容疑者。野心にみちた挑戦」

「イテウォン殺人事件」に怒りがこみあげた。

演技のために鏡は捨てた。

「イテウォン殺人事件」挑戦する価値があると感じて

イテウォン殺人事件「僕にとっては変身ではなく挑戦だった」

「イテウォン殺人事件」記者試写会インタビュー

チャングンソクが悪人を演じた理由






グンソクさんとジニョンさん。

「世代を飛び越えるオムファタルカップル」

チョンジニョン&チャングンソク インタビュー

対談/ チャングンソク&チョンジニョン




他はぐちゃぐちゃ中から探し当てたら再アップ。。。
by aloetree | 2015-09-24 00:07 | イテウォン殺人事件。 | Comments(4)
2009年「イテウォン殺人事件」製作ノートより。


元記事
元記事


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事件に先立ち:

<イテウォン殺人事件>は
1997年4月3日に発生したハンバーガー店殺人事件実話を
モチーフにしたミステリースリラーです。

映画の中の主人公の名前も、事件の結末も、
実際の事件と関係がなく映画的に再構成したことをお知らせします。

映画製作を許諾された、
故チョ・チュンピル氏ご遺族の方々に
深い哀悼と感謝の挨拶を差し上げて謹んで故人のご冥福を祈ります。



事件のアウトライン:

1) 発生日時:1997年4月8日夜10時頃
2) 発生場所:ソウル市龍山区(ヨンサング)
       梨泰院洞(イテウォンドン)ハンバーガー店トイレ
3) 被害者:チョ・チュンピル(男、当時23才)
4) 容疑者:在米同胞アレックス(男、1979年生まれ)仮名
      韓国系アメリカ人ピアソン(男、1979年生まれ)仮名
5) 殺害方法:ジャックナイフで首と胸など9ヶ所乱刺
6) 殺害動機:おもしろ半分の快楽殺人

7) 事件日誌:

 1997年4月初旬
 [米国側CID(米陸軍犯罪捜査隊)]は
 有力な殺害容疑者として米軍属息子ピアソンを検挙・調査

 1997年4月末
 [韓国側検察]
 アレックスを殺人罪、
 共犯・ピアソン単純な凶器所持、証拠隠滅にともなう暴力罪で起訴

 1997年10月
 [一審裁判所]
 アレックスに対して無期懲役、
 ピアソン懲役長期1年6月、短期1年を宣告

 1998年1月
 [控訴審裁判]
 アレックスは懲役20年、
 ピアソンは懲役長期1年6月、短期1年をそれぞれ宣告
 以後ピアソンは控訴をあきらめ服役。 
 服役中の1998年8月15日、特使で赦免

 1998年9月初め
 [上告審裁判]
 アレックスに対して、大法院で証拠不充分を理由に無罪宣告

 1998年9月末
 ソウル高等法院が大法院から破棄送還された事件について、
 アレックスに対して無罪を宣告、
 ピアソンを殺人罪で告訴した状態だったが、
 検察側では遺族からの再三の要求にもかかわらず、身柄確保処理進行不可

 1999年12月
 検察で出国禁止延長をしなかった隙を利用して
 ピアソンが8月24日すでにアメリカに出国した、
 という事実が一歩遅れて明らかになる

 2000年11月、2002年1月頃
 [韓国検察]
 米法務部にピアソンの殺人疑惑と、
 被疑者ピアソンを関連参考人にとして
 アメリカで調査できるように司法共助要請書発送

 2002年
 ピアソンについて、
 起訴中止決定発送殺人罪の場合、
 控訴時効は15年で、
 期間内にピアソンの身辺を確保して
 殺人疑惑を明らかにするならば処罰することができるが、
 証拠不充分、身柄確保不可

 およびアレックスの場合、
 一事非再審理の原則で同じ罪を処罰できない状況

あらすじ:

 2人とも無罪なんて・・・
 それじゃ、うちの息子は誰が殺したんですか?

 息子は三代続いた一人息子の家の末っ子で、
 優しすぎるほど優しい子でした。
 そんな子が何の理由もなく殺されて、
 犯人はのうのうと解放されました。
 
 私は、死んだあの子と一緒にいた時間で止まっています。
 空の上で悔しい心で涙を流す息子のために、
 私は死ぬまでずっと、必ず犯人をさがしてみせます。
 あの子が安心して目をとじることができる日まで…

        〜故チョチュンビル君の母親〜



 こんなヤツらははじめてだ!

 1997年4月8日夜10時頃、
 イテウォンのハンバーガーショップのトイレで、
 残忍な殺人事件が発生した。

 なんの罪もない市民である大学生を
 10代の未成年者である韓国系アメリカ人が殺害したのだ。

 面白半分で人を殺しておきながら、
 今はいけしゃあしゃあと嘘をついている。

 殺人も、法廷も
 ゲームとしてとらえている残忍な2人のヤツら。
 法廷を茶化すほどの余裕、こんなヤツらは初めてだ。
 
 私が必ず犯人を捕らえてやる。
 もうこれ以上、お前らにやられたりしない・・・!

        〜事件調査者パクテシク検事〜


 僕たちが殺しました。
 だが、殺したのは僕じゃありません・・・。

 あの日、忘れることのできない日だ。
 僕たちはふたりとも、
 酒によって、完全に High状態だったんだ!

 だけど・・・
 たかがコリアン1人が死んだくらいで、
 こんなことになるなんて。
 僕がもっとすごいものを見せてやったのに。

 今、僕は釈放されて悠々と元気に暮らしてるさ。
 
 あの日の真実。
 殺したのが本当は誰なのか、知りたいか?

        〜容疑者ピアソン&アレックス〜
 


 真犯人が気にならないか?
 いいものを見せてやろう、ついてこい!
 I’ll show you something cool,come with me




タグライン:

 嘘をついているのは誰なのか・・・


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製作ノート:

 そこが知りたい(1)

 僕たちが殺しました。
 だが、殺したのは僕じゃない・・・。

 2人の容疑者がつまびらく殺人の告白。
 その中に秘められた激しい真実ゲーム!

 1997年4月のある日、
 イテウォンのど真中にあるハンバーガー店で
 衝撃的な事件が発生したというニュースが報道された。
 
 面白半分で快楽殺人を犯した、という証言に基づいて、
 当時未成年者だった10代の韓国系アメリカ人容疑者、
 ピアソンとアレックス(仮名)が、
 有力な容疑者線上に浮び上がったが、
 結果的に、彼らのふたりともが、無罪釈放されることになり、
 大韓民国を揺るがした前代未聞の事件、
 映画<イテウォン殺人事件>はそこからスタートする。

 実話の事件をモチーフとして再構成した
 映画<イテウォン殺人事件>は、
 韓国系アメリカ人10代の青少年による、
 無慈悲な快楽殺人現場を新しい見解で再現したものだ。

 それだけではない。
 ピアソンとアレックスは、
 二人のうちのどちらかが
 犯人であることが明白な状況にも関わらず、
 無罪を主張、お互いに
 「自分は目撃者にすぎない」と主張し、
 おぞましい殺害現場の共犯者、
 あるいは傍観者としての責任を回避、
 凄まじい心理戦を繰り広げる。

 被害者が存在するにもかかわらず、
 被疑者がいない、という真実。

 容疑者であり、目撃者でもある、
 彼らの隠された真実は何だろうか?

 危機に陥った時、
 人間がみせる醜さとアイロニーが共存する。
 そんな時間の中に、
 ミステリー現場殺人劇<イテウォン殺人事件>は、 
 12年が過ぎた今もなお、解けないままの真実を暴くために、
 あの日の快楽殺人現場に引き戻す。


 そこが知りたい(2)

 映画<殺人の追憶> <あいつの声>につながる、
 韓国型スリラーの進化!

 ファソンで起こった連続殺人事件を扱った<殺人の追憶>、
 イ・ヒョンホ君誘拐事件を扱った<あいつの声>、
 そして、
 ユ・ヨンチョルが犯した西部地域での連続殺人事件を扱った
 <追撃者>まで、

 実話をモチーフにした犯罪スリラーは
 社会的なイシューと興行を兼ね備え、
 映画化のたびに、途方もないセンセーションを起こしてきた。

 <イテウォン殺人事件>は、
 今から約12年前の1997年、
 イテウォンで起きた前代未聞の殺人事件を扱っている。

 粗雑な現場保存や証拠管理など、
 不合理な捜査過程のせいで、
 毎回のようにひるがえり続ける証言と、
 犯人指定の状況を通して、
 苦痛に満ちた、事件当時の大韓民国の
 断面を垣間みることができるだろう。

 このような不条理な大韓民国の姿を反映して、
 波紋を呼び起こした既存実話スリラーから一歩踏み込み、
 <イテウォン殺人事件>は韓国とアメリカの間に存在する、
 公平性に欠ける協定により、
 無実の市民がいかに無念な死に追い込まれることになるのか、

 それを見せつけて、
 全国民の心のなかを熱く刺激するだろう。

 それだけでなく、
 <殺人の追憶> <あいつの声>のような映画が、
 未解決事件を再構成して、未知なる犯人を追う過程に焦点をおいた反面、

 <イテウォン殺人事件>では、
 二人の容疑者の中に、犯人が存在したにもかかわらず
 無罪で釈放されることになった、
 その事件に秘められた顛末を見せて、
 韓国型スリラーの、また新たな真価を披露する予定だ。


 そこが知りたい(3)

 大韓民国を揺るがした、前代未聞の殺人事件から12年、
 真犯人を探さなければならない!

 衝撃的な前代未聞の殺人事件をモチーフに
 製作された映画<イテウォン殺人事件>は
 面白半分で罪のない大学生を殺害した
 2人の10代韓国系アメリカ人容疑者が、

 互いに相手を犯人だと目星をつける、
 激しい真実ゲームの中で、
 真犯人を探すためのミステリー現場殺人劇だ。

 40人を越えるインタビュー、
 さらに4年間の考証を経たリアリティーに基盤を置く
 <イテウォン殺人事件>は
 この事件に対する法律諮問を求めて、
 数多くの弁護士、検事たちに新鮮なコメントを得てきた。

 それがまさに、
 「この映画は、
  つくられれば、法律系の大学で教材として使用できるはずだ。
  なぜなら、法廷で起きうる最も困難な事例のうちの一つといえる。
  証拠はなにもかも清掃されてしまい、
  2人のうち、どちらか1人が犯人であることは確実だが、
  2人ともが犯行を否認、
  お互いに対する目撃者も1人しかおらず、
  彼らの証言が全く信憑性がない状況なのだから」


 <イテウォン殺人事件>は
 大韓民国を衝撃に落とした殺人事件後、12年が過ぎた2009年、
 本当に犯人は誰なのか、事件の終わりはどこなのか、
 その真実を暴くための激しい旅程を通じて、
 もう一度観客の心臓を揺さぶるだろう!


 そこが知りたい(4)

 忠武路(韓国の舞台や映画製作者にとって代名詞となる町)における、
 最高の演技派俳優がくりひろげる熱い演技対決!

 <約束><王の男> <あなたは遠いところに>に至るまで、
 色とりどりのキャラクターを完ぺきに消化する、
 大韓民国を代表する演技派俳優チョン・ジニョンと

 大韓民国が愛するホットガイ、チャン・グンソク、

 そしてスクリーンとブラウン管を行き来して、
 欠かすことのできない役を正確にやり遂げた、
 シン・スンファンが

 <イテウォン殺人事件>の主な事件人物として登場する。

 <イテウォン殺人事件>で、
 これまでのイメージを抜け出して、
 180度変身した殺人容疑者役を演じたチャン・グンソクと、

 いまだベールに包まれたままの
 もう一人の容疑者シン・スンファン、

 彼らの間で、
 真犯人を探すために事件を暴く熱血検査役のチョン・ジニョンは、

 あの日の夜の真実を掘り起こすための
 熾烈な息詰まる真実ゲームを観るものを
 きわどい緊張感のひもでがんじがらめにする。

 さらに、
 <映画は映画だ>で忠武路を代表する
 最高のシーンスティーラー(場面を盗むような存在)として
 コチャンソク、

 <私の愛金枝玉葉> <トリプル>で
 新鮮なマスクで女心をひきつけたライジングスター、
 ソン・チュンギ他、

 俳優オ・グァンロク、ソン・ヨンチャンなどが総出演した
 <イテウォン殺人事件>は
 俳優の熱演と同じくらいに、
 熱い真実ゲームの中におとしこんでくれるだろう!


 4年にわたる資料収集、
 40人を超えるインタビューが事件のパズルを組み合わせる! :


 数年にわたり、
 この社会的なイシューに沒入したホンギソク監督は、
 映画 <選択>で共同作業したメン・ユ作家と対話中、
 前代未聞の殺人事件にまつわる素材に没頭し、
 共同で作業を始めるようになった。

 2005年から始まった <イテウォン殺人事件> プロジェクトは
 2006年釜山国際映画祭 MBCムービー賞を皮切りに、
 映画振興委員会企画開発コスト支援作に選定された。

 以後 2008年末映画振興委員会 HDサポート長編作として
 選ばれ、撮影に突入することになった。

 一方シナリオ作成期間の間、
 ホンギソク監督と、メン・ユ作家は、
 当時の事件に関わった当事者たちの大多数に直接会い、
 取材を敢行した。

 故・チョチュンビルク氏の遺族はもちろん、
 実在するパク検事、当時彼らを弁護した弁護士、
 検察などへのリアルなインタビューを通じて、
 リアリティーの基盤を押し固めた。

 もっともリアルなものが、
 もっともドラマチックである、という表現にふさわしいように、
 リアリティーを極大化するために、
 忍苦の時間と膨大な考証資料を経た<イテウォン殺人事件>は、
 もっとも写実主義的なスリラーを誕生させた。


 <イテウォン殺人事件>よりも、
 さらにドラマチックなキャスティングビハインド ストーリー:


 一番最初に
 パク検事役にキャスティングされたチョンジニョンは
 ピアソン役に<楽しき人生>で一緒に呼吸を合わせた
 チャン・グンソクを推薦した。
 
 俳優オグァンロクも、
 短い出演シーンにもかかわらず、
 主要な役割でキャスティングするのに
 最も大きい共助者になってくれた。

 また、チョン・ジニョンは、
 ホン・キソン監督と共に夜を明かして、
 シナリオ修正にも参加する熱意を見せた。

 一方<イテウォン殺人事件>は
 事件の中心にある二人の容疑者が
 韓国系アメリカ人であるだけに、他の映画とは違い、
 英語のセリフがたくさんある、という理由から、

 果たして、
 ピアソンとアレックス役をできるのは誰か、

 という点が非常に論争の的だった。

 数多くの既成俳優はもちろん、
 新人オーディションを通じて、海外在住韓国人出身俳優、
 人気グループの男性歌手までもキャスティング候補対象になった。

 結局、チョン・ジニョンの推薦を通じて
 実際の留学経験者であるチャン・グンソクが
 完ぺきなピアソン役として出会うこととなった。

 反対に、英語の実力はかなり不十分だったが、
 イメージと根性で製作スタッフをひきつけたシン・スンファンは
 途方もない努力でキャラクターを作った。
 体重を増やすなどの容貌だけでなく、
 毎日、海外在住韓国人に会い、
 彼らの韓国語の発音と英語発音を録音してまわる、
 という熱意を見せた。



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*****

イテウォン殺人事件関連のインタビューで、
グンソクくんが、映画「真実の行方/ Primal Fear」の
アーロン役を演じたエドワードノートンについて触れているもので、

一年に数回は、

「真実の行方」(だいすきだもんでDVD所蔵)
   ↓
「イテウォン殺人事件」
   ↓ 
「真実の行方」
   ↓
「イテウォン」
   ↓
 以下省略www

の、
無限ループビッグウェーブにさらわれてしまう我が家。
(つまり、今ですwww)


ハワイどころじゃないわーっ
イテウォンさー
リチャードギアさー
エドワードノートンさー
(ついでにグンソクチャンさーっwww)


って、

真実の行方がらみの日記も
もう何度も何度も同じこと書いてるから、
昔から読んでくださってる方は、
「またか・・・」ってとこじゃろかwww


最高の無限ループです。
るるる〜るんるんっ♪












真実の行方/ 予告編




真実の行方/ 音楽もすばらしいーー!
※この動画にはネタバレ&おっかない場面あるからご用心。




エドワードノートンさんも
日本語ちょびっと話されます






一応はっときましょ。
イテウォンもね。









以上。

元リチャードギア派の某ゾロ◯ちゃんに捧ぐ ← 嘘www

イテウォン殺人事件出演直後は、
CM出演が減少した、といわれているグンソクさん。
きっと、そういう流れもある程度は予想&覚悟の上で、
この映画出演に賭けた挑戦プリンス・グンソクさんに捧ぐ ← ホントwww





*****

その他。
イテウォン関連のインタビューなどまとめたページ。

   ☞ インタビュー/ 映画
by aloetree | 2015-07-22 22:32 | イテウォン殺人事件。
…一応グンソクブログなので、しゃしんしゃしん。

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チョンジニョンさんオンリー。
の、インタビュー記事です。^^;


興味ある方は、、、
私だけか??

どーぞ。



チョン・ジニョン
 「イテウォン殺人事件はマッコリ スリラー」

元記事


2009-09-03

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(ソウル=聯合ニュース)ソン・グァンホ記者


映画「イテウォン殺人事件」は少し特異なミステリー物だ。


1997年4月イテウォンのあるハンバーガー店で発生した殺人事件を素材に
したこの映画は、米軍が絡まっているという点で反米に進むことも、殺人
を素材にしたという点で強いジャンル映画に行くこともできた。


だが、映画は人物の姿を濾過することなく表現しながらも、客観という枠
組みの中にとどまる。

どこか炸裂しそうでいて、結局それは爆発しない。
ホンキソン監督は、明快に語るかわりに、一定の距離を維持する。

俳優チョン・ジニョンは、このような淡々としている部分に魅惑されたと
いう。 そしてキャスティング提案が入ってくるとすぐに躊躇なしで主人公
パク・テシク検事役を引き受けた。


チョン・ジニョンは映画封切りを控えて最近ソウル、狎鴎亭洞のあるカフェ
で行ったインタビューで
「飲んでいる最中はよくわからないが、家に帰ってくると、のびてしまう
 マッコリのような映画」と、この映画を紹介した。映画をみている時は、
よくわからないが、全部みてしまうと、妙な余韻を残す、という理由からだ。

「スリラー映画なのに見れば何かすっきりした感じがしない。 映画終盤にも
 犯人を見せるのでなく、被害者の顔を見せる、というのは、いったいどんな
 意図なのか。また、スリラーらしく、ジャンル的に押しつけてないのは、
 一体なぜ、そうなのか、、、などなど、疑問の種がつきないです」

事実「イテウォン殺人事件」は題名だけ見れば「反米映画」という印象を与
える。 米軍の集結地であるイテウォンという空間、そしてそこで起こった殺
人事件を扱うためだ。


「反米映画だ、と考えたが全くそうではありませんでした。 小便をしに行っ
 て何の理由もなく死んだ故人、面白半分で人を殺した犯人、事件を捜査す
 る検事、そして遺族たち。彼らのおかしな集結に対して話すという点が興
 味深かったです。
 その上映画は対立構図で構成されています。弱者と強者。あまり明確でない
 容疑者と、より明確な容疑者。傍観と告発。そんなのと似ています。このよ
 うな対立関係を刺激的でない方式で扱ったという点が、この映画の長所でし
 ょう」

このような映画の雰囲気のせいだろうか? 映画の中の人物はなかなか内心を
表わさない。 そして映画は人物の内面の葛藤よりは法廷攻防などのような客
観的な事実にさらに焦点を合わせる。
事件の証拠と弁護人の話により揺れるパク検事の外見を見せながらも、内的な
葛藤は節制された方式で表現するというのは、言葉でいうほど、簡単な演技で
はない。

「演技は論理的命題を羅列するのではなく、感情をみせるものです。問題は、
 感情を表してはいけない、という点でした。その感情を表してしまうと、
 この映画の色あいが、変になってしまうからだったんでしょう。だが、感情
 なしに演技すれば、普通は、観客への伝達がうまくできないものです。そう
 いう点が大変だったんですよ。演技を緻密にしなければなりませんでした」

共演した、チャングンソクについても言及した。彼は2年前、イジュンイク監
督演出の映画「楽しき人生」でもチャングンソクと呼吸をあわせたことがある。

「2年前に比べてりりしくなりました。 以前には、若年寄りのようだったが、
 このごろは、自分の年齢にふさわしく行動している。会っても演技の助言は
 特にしません。時折、人生については助言したりもします(笑)」

彼は、簡単ではない人物、パク検事を消化しながら、1日にタバコ3−4箱を
吸ったという。だが、その過程は、一方ではよい旅行だったという話も付け加
えた。

「チャン・グンソクもそうだし、シン・スンファンも、高唱席も演技を本当に
 上手にしましたよ。 彼らと一緒に良い旅行をしたような感じです。 監督様の
旅行地が独特でより一層おもしろい旅行でした」



***********************************


ぎいいいいい。

チョンジニョンさんカッチョイイ!!!

グンソク氏にも贈ったことのないふぁんれたー、というものを
チョンジニョンさんには贈ってみようかと、真剣に考えておる。わたし。

つぎは、ホンキソン監督インタビューにも着手。。。


画像twitterより。
by aloetree | 2013-02-13 21:14 | イテウォン殺人事件。 | Comments(14)
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lademoon029様。ありがとうございます



ben14143030様。ありがとうございます



medianews様。ありがとうございます。



min92035様。ありがとうございます。


これ。。。
イテウォン封切り当初から、一気にダイエット。
テギョンになってるるるるる。
やっぱし役者だ。
みんなを楽しませるムードメイカー。
映画館での挨拶。
3時45分/6時の2回分です。
ゴン様も、今はいないウンソク氏も大活躍?





sosweetbori様。ありがとうございます。
by aloetree | 2013-02-11 20:42 | イテウォン殺人事件。 | Comments(0)

JKSさん酔狂。


by aloetree