2009年「10Awards良いドラマを見ましたか?」

おもしろい記事なので、
ご興味があれば、ぜひ全文読んでみてください。


以下は、
私が興味深く読んだ部分と、
「美男ですね」のグンソクさんについての部分。

抜粋翻訳です。





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10 awards
2009年、良いドラマを見ましたか?



10ASIA 編集部

2009/12/17

2009年は2000年代の最初の10年の最後の年だ。

そして、
あたかもこの記念碑的な年を記念するように
この一年、
台風が固め打ちするように数多くの事件が起こり、
それくらい早くトレンドは変化し、
多くの人々が登場しては消えていった。

これは、
あたかも強烈な嵐風を切り開いて行くように慌ただしかった、
この一年を走り抜けていったドラマについての記録だ。

ある者は
"どん詰まりドラマ"を、
また別の誰かは
途方もない製作費の大作ドラマをつくる。

そんな中で、
韓国のドラマ産業はどのように変化し、
その過程でどんな作品がつくられてきたのか。

記者と評論家で診断してみた。

そして、
今年1年を代表する10人の人物、10個の話題。

誰もが知ってはいるが、
簡単に表現されてこなかった、
今年のあらゆることを一斉に整理してみた。




*****

二人の女の対決、復讐、その放送局における最高視聴率。
この3つの条件をきき、SBSを思い浮かべる人がいるだろう。
しかし、MBCのことだと考えることもできる。

去る16日、
AGBニールセンメディアリサーチが発表した
年間視聴率ランキングで、1・2位を占めた二つの作品は、
2009年における韓国ドラマ産業の現在を示す。

最小限の倫理性、
論理的な判断を排除したままに、極端な刺激に集中した。
そのストーリーは、最小限の蓋然性さえ失い、
キャラクターは
人間というよりは復讐のために駆け抜ける欲望の塊だった。

一方のドラマでは、
ギャラリーのアクションや
ピダム(キム·ナムギル)のようなイケメンという
商業要素も多かったが、
ドラマを引っ張っていった原動力は、時代に対する悩みだった。

トンマンとミシルは直接「時代精神」について論じ、
貴族と民の間に置かれた政治家たちの選択を示すエピソードは、
この時代の政治の現実を隠喩したものだった。

視聴者たちはピダムの活躍を応援し、
ミシルとトンマンの論争を見て、
この時代における正しい選択について話すことができた。

つまり、
このドラマの中で投げかけられた質問は、
現在の韓国ドラマにもそのまま​​適用できる。

「"大義”と "利" はいかにして符号させることができるか。」


良いドラマ、と、人気ドラマの間の距離

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選考者11名。

作品部門/ 「美男ですね」1名
作家部門/ ホン姉妹 3名
俳優部門/ チャングンソク 1名



「良いドラマ」という「大義」と
大衆性という「利」の調和の悩み。

記者とTV評論家たちが参加した
"2009年10アワード" の結果は、

その悩みの答えに
応じようとした作品に対する激励ともいえる。

「ミシルが死ぬ前と死んだ後では、
 全く別のドラマになってしまった」
(キム·キョソク)

という物足りなさもついてまわったが、
大型史劇が担わされる商業的成功に対するプレッシャーのなかで、
時代に対する議論をひきだし、

MBCでは、
「視聴率、演技力、可能性、笑い、感動まで
 どれ一つはずれのない5ツールプレーヤー」
(ウィ・クンウ)

という完成度で
「2000年代後期資本主義の韓国社会に対する繊細で愉快な洞察力」
(キム·ソニョン)を描き出した。

もちろんすべての作品が
このような成就を成し遂げることは容易ではない。

MBCは、
「ドラマが産業である以前に、
 大衆芸術の次元にあることをかろうじて証明」
(チェ・ジウン)したが、

「高い完成度を持つドラマが
 批評的な支持と、かたいファン層を有していても
 視聴率を根拠に
 早期放映終了させられる、というのが2009年の現実」
(ユンイナ)でもあった。




大衆性と理想を調和させる創作者の出現


・・・そして少女漫画原作のKBSが
結局"青春どん詰まりドラマ"をくりひろげる間、

「自分のスタイルの少女漫画を完成」
(チェ・ジウン)させ、

「愛らしい子供たちが見せる胸ときめくファンタジー」
(ユンイナ)を完成した、

SBSのホンミラン & ホンジョンウン作家の姿は、
ドラマ作家がとりうる、またべつの選択といえるであろう。



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"どん詰まりドラマ”"大作”でなくともドラマに希望はある

しかし、
商業的なものと、意味あるもの、
あるいは、
つくりたいもの、と、
つくらなければならないもの、
とを調和させるには、
創作者の力量だけでは不可能なのだ。

ホン・ミラン & ホン・ジョンウン作家は

「リアリティーを生かしにくい人物を
 消化する能力、そして、
 時折挿入される誇張された演技までもを渉猟する柔軟さ」
(ユン・ヒソン)

を持つ"チャン・グンソクの存在"がなかったならば、
望んだとおりの作品をつくることはできなかっただろう。



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1つのドラマ全体を
完全に自分のものにすることができる俳優が増えれば、
ドラマは大衆からの固い支持とともに、
大衆の理想を拡げていくことができるだろう。

昨年、KBSのドラマ監督チオ(ヒョン・ビン)は
「良いドラマ、とは何なのか」について悩んだ。

"2009年10アワーズ”が選択した、
2009年のドラマは "大義" と "利" の共存を通じて、
または‘地面にヘディング’という精神で
ドラマの現実に出会って、意味ある破裂音を出した。

それは、
"どん詰まりドラマ"や
途方もないスケールの大作ドラマでなければ
最低限の視聴率さえ保障できない現実のなかで、

ドラマを作る人々が
選択できる唯一の希望かも知れない。

あなたの選択は何か.。

利、だけを追求して怪物になるのか、
大義、を追って疲れて倒れるのか、

あるいは、
そのどちらをも
得ることができるような努力をするのか。

ドラマをつくり、
そして、
ドラマを見るすべての人々に選択のときが訪れている。
by aloetree | 2011-09-12 19:33 | 記事/ 演技

JKSさん酔狂。


by aloetree