タートルマンさん。そしてキムミョンミンさん。

チャングンソク[インタビュー②]
"9kg減量? キムミョンミン先輩の前では名刺も差し出せなくて"

→元記事
2009.09.17 09:50:25




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グンソク氏の作品を見ると、
その年齢でできる役割が
あまりにも制限されているようにみえて、
単純でトレンディーに消費されるキャラクターを
演技したこともかなりあったし、
作品により興行面でも浮沈みがあった。
それでも一回ずつ、跳躍のステップとなる作品にであい、
俳優として成長していく姿を着実に見せることができた。


「ファン・ジニ」以後、
シナリオが入ってくることは多くなったが、
キャラクターはかなり限られたものでした。
20歳の俳優を信じて投資ができる、
そのような市場ではなかったんですよ。

だから、
作品を選択をする時は、いつも難かしかったです。
一種の成長痛でもあったのですが、
率直にいってしまえば、
僕にはまだ基本的な演技力が不足しているし、
僕自身の色といったものを表わすために、
もっとたくさんの経験を積んでいく年齢でしたから。

とはいえ、
明らかに、運は良かったです。
限られた選択の中でも、
途中途中で、良い作品に出会いました。
その作品が、
次の作品にキャスティングされるためのステップになったし。

故・ジョスンヒェ代表。
そしてイジュンイク監督が、

「楽しき人生」に
僕をキャスティングしてくれたことも「ファンジニ」のおかげだし、
「怪刀ホンギルドン」のときは、
「君はまだ幼すぎて、カンジファンと合わない」
とおっしゃった監督が「楽しき人生」をみて、
考えを変えられ、作品に合流する機会を得たんですから



そういえば、共同作業した方が
グンソク氏を本当に可愛がっていました。
イ・ジュンイク監督は「楽しき人生」当時、
チャン・グンソク広報大使を自認されていたし、
ホン姉妹作家も私と対話中、
グンソク氏に対する愛情を隠さなかったです。
「快刀ホン・ギルドン」撮影当時には照明監督が
ソン・ユリ氏にすらたくさん工夫できなかった反射版を
グンソク氏にオールインしたとか。(笑)


僕がキツネのような振る舞いをするからです。(笑) 
ふざけたり愛嬌も働かせる方なんですが、
それも20才になるより前は分からなかった部分です。

監督や作家の方々と
意思疎通の関係を十分にオープンにしておくのは、
当然のことで、それはスタッフの方々に対しても同じです。

学校の課題で映画撮影をしながら、
スタッフとして仕事をしてみたら、

彼らが見えない所でどれくらい苦労をしているのか、
骨に凍みるほど分かったんです。

だから常にスタッフと親しくなろうと努力します。
"報酬がいちばん少なく、苦労はものすごい"
この仕事をしているということは、
プライド一つで持ちこたえる方々なんじゃないでしょうか?

だけど、僕より、
ジニョン先輩やミョンミン兄のほうがもっとすごいです。
スタッフ一人一人の名前を覚えて、
彼らを取りまとめるんですから。



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そういえば「ファンジニ」や
「快刀ホンギルドン」のような史劇で
チャングンソク、という俳優が持つ可能性と意外な魅力を
さらに多く発見することができたが、
特に「快刀」当時、反応は本当に熱かったでしょう?


僕らの間で「快刀ホンギルドン」の頃を、
第1次アイドル期と呼んでます。(笑) 

この作品を撮影している期間に、
CMが7個も入ってきたんです。
だけど、人には言えない苦しさもありました。

当時は、
ドラマ撮影日程だけでも
激しいスケジュールを消化していたんですが、
所属会社では「赤ちゃんと僕」の契約書に印鑑を押して
「君はこれをやらなければならない」と強引にいれてきて。

約束のCM撮影のスケジュールが近づいてきても、
ドラマのチームのほうでは、
時間をあけてもらえないということで。

僕の意志では
どうすることもできない状況だったけど、
最終的には、体調が悪い、といって、
マネージャーの兄が僕のかわりに、
病院に診断書をもらいにいっている合間に、
CMのスケジュールを消化しなければならなかった。

だけど、
"グンソクは病気じゃなくて、前日酒を飲んで休んだ"
と誤解をされて、不本意ながら嫌われたりもして、
 
人間関係にすごく疲れた時間でした。

当時、あまりにも傷ついたせいか、
もう二度とあんな時間を過ごしたくない、と思うくらい。

ひょっとして、40歳を超えて、
ホ・ジュン のような役に巡りあったら、
その時はどうかわかりませんが、
当分は史劇は避けたいです。



「ベートーベン ウイルス」と「花より男子」を
選択する過程ではどんな悩みがあったんですか?


「花男」を選択すれば、
僕が表現できる
いちばん派手なビジュアルを見せられると思いました。

だけど、なんだか
「チャングンソクはちょうどそこまで」と
線を引いてしまう状況になるような気がしたんです。

そのときはいいけど、
それを飛び越えていくには
長い時間待たなければならないような。

反対に、
「ベートーベンウィルス」は、
僕より年齢も上で、僕がやったことがないような
非常にミニマルなキャラクターに魅かれました。

表面的なスタイルといったものに
さほど執着する必要もなかったし。

もちろん後になって、逆風は起きましたよ。

「エチュード」のモデルが変わったし
第1次アイドル期に入ってきたCMの半分が離れて行ったので。

だとしても、
急いで決心する必要はない、と思いましたが、

今回「美男〈イケメン〉ですね」をすることになって、

「おまえ、
 どうして話が変わるんだ。
 あのとき「花男」をしていれば、
 もっとうまくいったはずなのに」

ずいぶんそんな風にいわれました。

だけど、それは正反対の話です。
「ベートーベンウィルス」で可能性を開いたからこそ
「美男〈イケメン〉ですね」もできたんですから。



つまり「ペートーベン ウイルス」を終えて、
もう少しトレンディーな魅力がある作品をしたい、
という欲があったということですか?


そうです。
「ベートーベン ウイルス」を終えて、
色々なインタビューでも申し上げましたが、

きみはペット、
のような可愛い年下の男のイメージのキャラクターや、
僕の年齢にぴったり合うトレンディードラマをしたい、
そんな欲がでてきました。
 
そしたら、冗談みたいに、
2月頃「美男〈イケメン〉ですね」の
キャスティング提案が入ってきたんです。

一度呼吸を合わせたことがある作家の方々だ、
という気楽な部分もあったが、
台本を読んでみると、

これがちょっと日本のドラマのような感覚もあって、
本当におもしろかった。
これは絶対に演じたい!
他のだれにも譲れない!

そう思って、
無条件に演じる、と思いました。




「美男〈イケメン〉ですね」のために現在熱心にダイエット中だと。


キャラクターのために続けてますが、
6ヶ月間、
運動もせずぶらぶらしてたので、
ぜい肉がたくさんついてました。
今現在5kgくらい落としたけど、
運動と食事管理で、
これからさらに4kgくらい落とすつもりです。



今でもスキニーな体系なのに9kgも減量をするの?
最近キムミョンミン氏も映画「私の愛 私のそばに」で
20kg以上減量した姿で衝撃を与えましたが。
そういえば、「ベートーベン ウイルス」に出演した俳優は
ちょっと個性的かもしれません(笑)


ミョンミン兄は、本当に厳しい人です。
20k g以上を急に落とすには、
身体に無理がたくさんかかったはず。

実際「ベートーベンウィルス」撮影当時にも、
ストレス性胃炎で、、、
気分が悪くなれば、吐いて、
それでもすぐ次のテイクを撮影しよう、
と、そんな方です。

僕もあちこちから、
"厳しい"という話をたくさんされる方だけど、

特にやせるときは、
すべてのものを遮断して怖いくらいに落としますが。
  
だけど、
ミョンミン兄の前では名刺も出せませんよ。

特に公私を厳格に区別して、
激しく真剣な態度で演技に臨む姿をみるたびに、

僕って、
あまりにも安易に、楽しみながらやってるんじゃないか、
と俳優として悩みの時間ができてしまいました。



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一つに夢中になると、とことんやりつくすスタイルだ、
ということは知っているが、
最近関心を持っている分野は何ですか?


以前は、
クラブ、ファッション、酒、音楽、ドライブ、車、女。
などにはまってました。

その中でも、
特にファッションに対する執着が大きくて、
"甘い生活"という表現がぴったりなくらい、
鏡をめったやたらと見てました。

でも、最近は、
僕のまわりに鏡はない。

学校のともだちとつきあってるうちに、
スタイルに対する執着がへって、、、
 
賭けもしたし、
一度見始めたらキリがないし。

かわりに、
"観る"という映像の面白味に
きもちがどんどん向いていってます。

新しい世界がひらかれた気分です。

UCC公募展に出したのは、
僕の初めての作品ですが、
以後、僕が好きなポップスを集めて
ミュージックビデオを作ってみたり、
ビデオ アートというか?

親しい監督の兄たちからソースを得て、
あれこれ習作もしてみてます。



個人作業は主にどこで?

学校の近所に
一人で使う作業室を一つ得ました。

文字どおり、僕だけの遊び場。

壁の片側にはスクリーンを設置。
映画を観たり、学校の課題や個人作業もする。

パーティーをする時も多くて、
クラブに行くより僕の作業室にみんなを呼びます。
天井にミラーボールも設置したし、
昨年からミキシング機を買って練習もしていて音楽も直接かけます。

友人の反応?
ほとんど倒れますね。(笑)



突然思い出した話だが、
ひょっとして
イム・ジュファン氏と似ているという言葉を
よく言われるんじゃないですか?
前回インタビューの時、ソン・ジュンギ氏が、
イム・ジュファン氏と地下鉄に乗っていて、人々から、
チャン・グンソクじゃないのか、という言葉をきいて、
二人で手をたたいて、大笑いしたとか(笑)


ジュファン兄と似ているという話はよく聞きます。
兄とは実際に似たアングルの写真もかなり多くて。
時々兄と連絡もする関係だから、
お互いにそうした点は面白がってます。



誰と親しい?

僕の交遊関係の十分じゃないことは、
VIP試写会の時、如実に露呈しましたよ。

カンジファン兄、
ハソクジン兄、
パクシネ、
少女時代、
チャイェリョン、
パクテファン、
ソンユリ姉など

本当にたくさん招待したのに、
こられたのは、
ジファン兄を含めてたった2人だけ。

みんな撮影や、
その他のスケジュールがあってこれなかったんですが、

舞台にあがって
「僕はちょっと
 品のよくない人間関係をもっていて」

と話したところ、

ジファン兄が
「お前のその"よくない人間関係"とやらの中には
 俺も入っているのか」とメールを送ってこられた(笑)

そのとき、どれくらい笑ったか。。。
だけど、実際、
芸能人の人たちとそんなに親密な親交があるほうではない。

連絡は時々するけど。
幼かった頃、ひどく傷ついたことがあって、
心を簡単にオープンにはできないみたいです。

最近は、
同じ業界の方たちと話すよりも、
大学の友人たちと話をするほうがもっと気楽だったりします。



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全方向的な活動をしているから、
俳優に限定されない幅広い人間関係をつくる機会だって
かなり多かっただろうに。


それはそうでした。
実際、歌手の中で、
唯一、連絡もよくしていたし、
心から好きだった方がいました。

タートルマン兄です。

初めて会ったときから、
すごく人間的な方でした。
一度僕が、さしみを食べたい、といったら、
放送スケジュールが終わるやいなや、
メンバーたちと一緒にファンを追い立てて、
我が家までかけつけてくれて、
可楽市場に買いにいって下さったり。

そんな唯一の方が亡くなって、
すごく心がつらかった。
 
その後からは、
心をうまく開けないようになってしまった。



最後に今後の計画があれば教えてください。

当分「美男〈イケメン〉ですね」に
あらゆることを全部、全力投球するつもりです。
 
それにともなう
フィードバックもあるんじゃないかと思います。
今年はこの作品でおわりにして、
通帳残高を確認した後、
海外研修に行ってくるつもりです。

今回の映画で英語のセリフを消化して、
唯一海外進出に対する質問をたくさん受けるし。
 
まだ具体的なイメージは描いていないけど、
外国語の必要性を痛感しています。
近いうちに、日本にも行って、休みの間3ヶ月程度、
ランゲージスクールに通ってみるのもいいかもしれない、
と考えたりしてます。




*****


このインタビュー中でも
ほかの媒体でも触れている。

グンソクさんが慕っていた。
Turtlemanさん(Turtles)との写真。

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Turtlemanさんのお葬式にて(2008年4月)

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Turtleman/ Turtles ウェブサイト
by aloetree | 2011-09-09 13:58 | Interview/ だいすき | Comments(0)

JKSさん酔狂。


by aloetree